「どうした、なんか忘れたのか」
「いや…なんでもない」
隣でイギリスがうつむいた。
元来傘は1人で使うものであるから、したがって2人で使えばどちらも濡れることのないように、より体を密着して入らなくてはいけない。
いけない。とは言うものの、狭い傘の下で相手を濡らさないように思って傾けているせいもあるが、右肩を濡らすまでして俺は出来るだけイギリスから離れて歩いていた。雨に触れたワイシャツの下の肌は、冷たさに血の気が失せて白くなっているようである。
先ほど沈黙は破られたが、お互いに話しかけにくいのは変わらなかった。
女の子相手なら、肩のひとつやふたつくらい濡らすのは一向に構わないし、出来るだけ離れて…などとは微塵にも思わないのだろうが、隣にいるイギリスにどうやっても意識が向いてしまい、近い距離の隙間に向かって神経がピリピリとしているのが分かった。
緊張から逃げ出したくなって思わずイギリスに伸ばしそうになった右手を、やり場なく下に垂らす。あいつは、この苦労を知らない。
ちらりと横目で見ると、目が合う。
イギリスが立ち止まった。
がくん、と俺もそれにあわせて止まる。
無言のうちにチェックのハンカチが差し出され、一瞬訳も分からずに受け取るタイミングを逃してしまう。イギリスが俺が肩を濡らしていることを気づいていたということに内心驚いていた。困り顔になったイギリスが濡れそぼった右肩にそれを押し当てると、ギンガムチェックの緑色がほの暗く湿った。
「肩、濡らすならこっちに傾けなくても良いんだからな」
今度は視線が外されることなくイギリスは呟くようにそう言うが、俺が黙っていると伏し目がちになって逃げるように歩き出した。
その手を掴んで引き寄せる。
「フランス?」
抱き込んだ腕の中でイギリスが戸惑った声をあげる。が、一番戸惑っていたのは自分の衝動に向けていた俺だった。
「なぁ、イギリス?」
ずっと喋らなかったせいか、声が掠れて低く響いた。