ソファに身を投げ出すと同時に、体の下で何かを潰した音がした。背中に何かが当たる。堅い不快さを取り除こうと手を滑り込ませると、引き抜いた手はヨーロッパクラスのジャケットを掴んでいた。これらのボタンやカフスが当たっていたのだろう。
しかもフランシスのジャケットだ。絨毯の上に力任せに投げ捨ててやる。それから清々とソファに寝返りをうった。
その時に、先ほどの音の正体がやっと思いついたのである。
あいつが煙草を吸っているのを知る前からずっと、それに関係なくあいつの少し膨らませた右ポケットがいつもいつも気になっていた。
俺の前では絶対にその中身を出したことはなかったし、こちらから聞くにはどこか言い出しにくかった。だから、すぐ目の前に答えがあるのが分かった時には内心喜んでいた。しかし、ジャケットのポケットに手を入れて出てきたものは、その頃の俺にとっては一番、あいつとは結びつけて予想をすることもなかった物だったのである。
まぁ、簡単に言うところ、ショックだったのだ。
自分だってそれくらい吸ったことは何度かはあったくらいだから、よく考えてみればフランシスにしてみれば当たり前だったのかもしれないが、俺の記憶の中でのフランシスは一度も煙草を手にしてることはなかった。
これは自分でも全くもって認めたく無いことだが、間借りなりにも俺にはフランシスのことを「ちゃんと」知っているという何処から来るのか根拠のない自信があったからだろう。
我ながら本当に嫉妬深いところだと思うのだが、その後すぐに部屋にジャケットを取りに来たフランシスにそのままの感情をぶつけたことも覚えている。
「お前、煙草なんて吸ってたんだな」
ソファから起き上がりながら、吐き捨てるように呟いた。
部屋に入ってきたフランシスは、驚いた顔をしながらジャケットを受け取った。すぐにパッケージの潰れた煙草に気づいたらしい。表情が変わる。ポケットの中を見たことに対してなのか、見下ろしている俺に非難めいた顔をしていた。
何でそんな顔をされなきゃいけないのか分からない。俺に隠して黙っていたのはそっちの方なのに。
まるで、俺が悪いみたいじゃないか。
我が侭な感情が燃え上がる。それを上手に引き出しに全部をしまえる程に俺は大人じゃなかった。
怒りを隠せていない文句を聞き、フランシスはため息を吐いて隣に座った。
「隠してるつもりは無かったけど。坊ちゃんはいつも一緒に居るから、気づいてると思ってたんだけど」
部屋に入って来て初めて発せられたフランシスの声はひどく落ち着いていた。お前が何を言うんだと思ったが、それに合わせたかのように激化していた怒りが申し訳無いくらい急にほどけたのが分かった。
「さっき寝ころんだら潰しただけだ……それに俺はお前が煙草吸ってることなんて言われてなかったし、知らなかった」
そうか。とフランシスが頷いた。
自分の言葉を噛みしめる。フランシスに裏切られたようだった感覚は、自分があいつを知っているつもりで知らなかったからだと気づく。
俺はそれを、本人の前で暴露してしまったのだ。今更恥ずかしさがこみ上げる。
そんな俺の目の前で、細い煙草を一本、フランシスは口にくわえた。