デュラララSS詰め - 8/8

そして今年も夏が君を呪いにやってくる

池袋の夏は暑い。夏休みのせいで急に家族連れなんかが増えたり、近隣の県から暇な若者が増える。それなのに難儀なこの借金取りという外回り業は昼夜無く、人の肉の熱で平時より幾分暑くなりやすい池袋の街を歩かなくてはならない。
しかも街に慣れていない連中は、この街のルールを知ることなく傍若無人に街を扱うために、バーテンダー服の金髪を怒らせたり黒髪の情報屋にカモられたりして夏休みを自分から台無しにしていく。

「ったく夜になってもあっついなー温暖化ってやつか?」

そっすね。辞令や反射的なたわいもない会話が、そんな街の路地裏に響いた。最後の仕事場所からの帰り。夏場はジャケットを脱いでいる田中トムをよそに、年中無休のバーテン服は平然としている。もちろん少しは薄く軽くの夏仕様にはなっているが、それでもあのかちっとした服で。トムはそれを横目でみながら、静雄はインドア派だったはずなのによくも我慢出来るなと思っていた。勿論、建物や施設に一歩入ってしまえば涼しいクーラーがあるが、どさまわりの多いこの仕事でそんな場所に行っても一瞬の話だ。安寧の時は、ファストフード店での昼食だけか。
ああ、でもそうでもない。学生の頃には流石の静雄も暑さで幾たびか体調を崩していたではないか。

「そういやお前、昔は暑さで体壊してたけど今は暑さは大丈夫なのか?」

そう話題を振ってみたものの…返事が返って来ない。
ふと静雄の方をみると、眉根がきっと寄せられていて、いつの間にか静雄の機嫌が悪くなっているのに気がついた。このパターンは、あれ絡みだろう。これは早めに退散したほうがいい。

「じゃあ、静雄。とにかく熱中症には気をつけろよ」
「お疲れ様です」

まったく、今までに何があったのかの細かいことは知らないが、あれ絡みは静雄と仕事を一緒にするうえでの鬼門だ。
聞こえないため息を生ぬるい熱気漂う街に流し、俺は静雄と別れた。

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トムさんのことだ、俺の不機嫌を感じとって避けてくれたのだろう。

『そういやお前、昔は暑さで体壊してたけど今は暑さは大丈夫なのか?』

暑さ、体調が悪い。ぱちりぱちりとはまっては答えを作り上げていく不快なジグソーパズルが小うるさい。今まで忘れきっていたのに。そしてその向こうのあの男の存在がひどく耳障りだ。
高校の頃の話だから、と全てを言いくるめて懐かしいとまとめあげてもいいのだろうか。それでも、あれが白日夢だったのか現実のことだったかは未だ掴めずにいる替わり、現実であったらどうなるのかの意志は固まらずにいた。
無性にイライラしてきて、家に向かう爪先をぐるり新宿の方に向けた。

『ねぇ。シズちゃん…俺さ、』

酸いような甘いような汗が浮かぶ暑さの中で、臨也は、あの台詞の後に何を言ったんだっけ?そして俺はどうそれに答えたのだろう。何の感情も抱かなかったのに、やけに色鮮やかに焼き付いている。
確かめる必要があるのか、臨也にどのように聞いていいのか分からない。そう気づくのは臨也のマンションに近づいてからだった。
臨也が絡む思い出に走ってしまった自分が憎い。上がる息と共に、日中かかなかった分の汗まで出てきたかのように変に肌にからみつく汗が流れる。

「これ、やばいな……」

急に、気持ちが悪くなってきた。熱が体にこもっているのか、悪性の貧血のように目前が暗くなって頭がぐらぐらする。
こういう時はどこかで横になって安静にするのが一番だと聞くが、あいにくそんな場所はなければ、どこかに移動する気力もない。しゃがみ込んで意識が朦朧とする俺が最後に見たのは、通りの反対側から歩いてくるノミ蟲の姿だった。

2010/4/28.6/12 (titled by くのいち)