サウンドウェーブが俺を呼び出すときは、いつも突然だ。
噂をすればなんとやら。スタースクリームたちと別れた途端、サウンドウェーブからの通信が入る。
相手もやっこさんの隙をわざとついて襲うわけだから、もとより時間なんかお構いなしなんだろうが。こちらの都合も考えて欲しい。
サウンドウェーブのバイザーとマスクがブッ壊れてからというもの、何度となくそんな風に呼び出され、暴漢をはっ倒してきた。とはいえ、最近はサウンドウェーブのリペア台送りと仕置の噂が牽制となって、数は短期間ながら一時より少なくなった。
どんだけ快く思ってない奴がいるんだよ、あいつ。
まあ、サウンドウェーブがどこで襲われても、俺の飛行スピードならすぐに助けに行ける。メガトロン様が最初にスタースクリームを指名したのもこれが理由かもしれねえ。奴やスカイワープが上手く逃げおおせた後にも、ジェットロンの俺を護衛につけた。メガトロン様の適材適所の命令だったのか。
しかし、スタースクリームやスカイワープと言えば、さっきは俺を引っ捕まえて『サウンドウェーブに惚れちまったか?』なんて聞いてきやがった。事実無根だとしても、俺はやっこさんにどんな顔して会えばいいんだ。
だが、事は急を要する。
俺はためらいながらも、覚悟を決めてサウンドウェーブからの通信を受け入れた。
「こちらサンダークラッカー。スクランブルか?」
『――地下区画デ応戦中。応援頼ム』
ブラスターガンの音を背景に、抑揚のないエフェクトの強い声がスピーカーから聞こえる。
こんな時でもサウンドウェーブはサウンドウェーブだ。いつもと変わらないトーンになんとなく安心する。前は落ち着かないだけだったこの無機質な声だったが、今は逆に落ち着くのだから不思議なものだ。
「了、解。あと2サイクルだけ、持ちこたえといてくれ」
それでもトランフォームしながら、声がうわずってしまった。
妙に意識してるのは、当たり前だが、俺だけだ。あいつらにまんまと流されそうになっている。落ち着け。別に惚れちまったなんて事実はねえんだ。
雑念を振り落とすように、制御限界までスピードを出す。
こういう時は、余計なことを考える前にさっさと終わらせちまうに限る。
区画内でセンサーがサウンドウェーブに銃を向けている機体を捉えた瞬間、そいつのこちらに向けられている背中に遠距離からロケットを噴射する。不意をつかれて振り向きかけたそいつに、サウンドウェーブの放ったブラスターガンが着弾して壁に吹っ飛んだ。
――やったか。
そのまま旋回してサウンドウェーブの側にトランスフォームして降り立つと、サウンドウェーブに頭を押さえつけられた。
「いきなり何だ!?」
「強襲者ハ二機イル!」
鋭くサウンドウェーブが吼えた。その瞬間、後ろから銃弾が飛んでくる。サウンドウェーブに押さえつけられて大体は避けられたものの、そのうちの何発かがウィングに亀裂を作った。
「狙撃タイプがいやがったのか!」
単機での攻撃ではサウンドウェーブをどうこうするのは無理だと学習したんだろうが……ちくしょう!
「俺の羽をよくも!」
弾が飛んできた方にでたらめに打ち返しながら、怒りが込み上げてくる。
俺らみたいに速く飛ぶことも出来ねえくせにいい度胸だ。なら、俺だってやってやる。
俺が立ち上がると、気でも狂ったのかとサウンドウェーブが振り返った。
「サウンドウェーブ、ちょっと聴覚センサーシャットダウンしてろ!」
返事も待たずに、広範囲に向かってソニックブームを放つ。聴覚機能を奪い、恐怖を拡大する俺の武器。音響兵器としてだって使える。照射される馬鹿でかい音響に聴覚と平衡器官をやられたらしい奴がよろめくのが見えた。
「アレカ」
そこにサウンドウェーブが銃弾を浴びせた。
運動回路の近くに着弾して動かなくなるのが見えたが、腹の虫が収まらねえ。死なない程度に、近くにもう一発ロケットを発射してやる。一時的な機能停止はともかく、再起不能にするべきじゃねえのは分かってるが我慢ならない。
照準を合わせようとすると、サウンドウェーブにその腕を掴まれた。
「ソレクライニシテオケ。先程ノ音響攻撃デ他ノ機体ガ来ル可能性ガ高イ。隣ノ区画二移動シタ方ガイイ」
そういえば、音響攻撃ならサウンドウェーブでも出来ただろう。しかし、人目を避けるために、その手段は取らなかったのだ。俺は事態を大事にしてしまったらしいと気がついた。
相変わらず平坦な声に、かっかとしていた頭が冷える。と、同時に腕を掴まれている事実からさっきの質問が頭を過ぎり、ひどく動揺する。慌てて手を振り払い、床に伸びた二機を回収して別区画へ移動した。
正直こいつらなんか放っておきたいが、やはりそうもいかない。……負傷のショックでスリープモードに入っている暴漢たちに何かした後、いつも俺が外にほっぽり出す時にサウンドウェーブがこちらをじっと見る理由がなんとなく今なら理解できる。確かに腹が立つ。
しかし今回も苛立つものの、一応ドローンの通り道に投げ捨ててやった。
「オ前デモ、アア怒ルコトガアルンダナ」
戻ってくると、コードをまとめながらサウンドウェーブがそう呟くように言った。馬鹿にした言い方というより、やや驚いた言い方に聞こえる。
そりゃ、腸が煮えくりかえらないわけがない。羽。飛ぶこと。その自由が奪われるんだぜ?手前のやりてえことを邪魔されて、黙っているほど俺だってお人好しじゃねえ。俺のことを日和見だ事勿れだなんだって言うやつがいるが、それは、それはただ俺に無関係だったから俺が見逃しただけだ。こだわりがなかっただけだ。飛ぶことは――存在意義だ。俺にとってそれは唯一俺が――しかし、上手くそれを言葉で表現できる気がしねえ。
「……俺には飛ぶくらいしか能がねえからな」
ややあって、まとまらない頭で質問に答える。それと同時に、自分で何を言ったかにも驚いた。
『飛ぶことしか能がねえ』俺は自分で自分のことをそう思っているのか?口に出して初めて、自分のコンプレックスを自覚する。自虐でも何でもねえ。素直に自信の無さを出してしまったのだ。そして声に出してしまうと、なんだ小せえ。大したことでもなく思えた。
それにしても、自分のスパークの根深いところを何故この胡散臭い情報参謀相手に見せてしまったのか不思議だ。
まあ、こいつの前でなにか隠し事したところで、どうせ無意味なのが分かっているからだろうか。サウンドウェーブにはブレインスキャンがある。元々こういう俺の卑屈な考えなど、とっくにスキャンで見抜かれているんだろう。
それまで感じていた怒りがさっと波を引き、冷静を通り越した脱力感の中でそんな考えが浮かぶ。
「ナラ、ドウシテ俺ヲ憎ク思ワナイ」
サウンドウェーブが静かに尋ねてきた。
確かに、その翼をサウンドウェーブが理由で傷ついても、普通に会話ができる自分というのが自分でも違和感があった。翼は治せるものではあるし、相手を必要以上に攻撃はしているが。別にサウンドウェーブに苛ついていたわけではない。
さっきの質問が思考回路をチラつくが、自分の中での着地点は決まっていた。
「まあ、メガトロン様のご命令っていうのもあるけどよ。お前さんは俺の――仲間ってこ
とだよ。信じられないならブレインスキャンしてみりゃあいい」
サウンドウェーブとの関係を明言化するのはこれが初めてだったが、たぶんこの言葉に間違いは無いだろう。所属する組織の情報の要でも、ただの護衛・観察対象じゃねえ。
しかし、少し間をおいて返ってきた言葉は、予想の斜め上だった。
「オ前ノブレインサーキットノ電磁波ハ解析シ難イ時ガアル」
前に聞いてきたスキャンブロックがどうのこうののエラーってやつか。
その割に、ご機嫌だ。
「ウルサイ、黙レ」
……スキャン出来てんじゃねえか。嬉しいならもっと可愛げのある言葉で返せば人間関係がもっとラクになるだろうに。いや、素直なサウンドウェーブってのも気味が悪いか。
そこまで考えて、気がつく。前に、こんなんでも照れたり出来んのかとこいつに対して疑問を持ったことがあった。
これがその答えか?
サウンドウェーブでも照れたり出来る。ただ、それがかなり分かりにくいということも同時に分かってしまった。