君しか知らない(サン音) - 12/22

「翼ヲ見セテミロ」

 事後処理が終わると、サウンドウェーブがコテを手にこちらを振り向いた。
 まさかリペアしてくれるとは。驚きまごついていると、サウンドウェーブはさっさと後ろに周り、リペアを開始する。箝口令がしかれているのだから、俺が訳も話せないリペア台に行くわけにもいかないということだろうか。
 そういや、サウンドウェーブが何か負傷していることはあっても俺が何か傷を負うようなことは今まで無かった。俺もこいつのリペアを手伝うべきだったのか?いや、サウンドウェーブが自己リペアした方が俺が手伝うよりはるかに効率がいい。
 手際よく修復される自分の主翼を見ながら、ぼんやりと考える。

「それにしても、最近、あんた、性格というか雰囲気が少し柔らかくなったな」
「ソウカ?」

 意識的なのかは知らねえが、だんだんとマスクで声にかけているエフェクトが薄くなってる気がする。それとも俺がサウンドウェーブの感情が垣間見えるようになったからか。
 俺に対する口数もやや増えた。いや、思い返せば最初から結構いろいろと漏らしていた気もしなくもない。
 単に俺に仲間意識のフィルターがかかっただけか?

「なんつーか、隙が出来た気がするんだよなあ。つけこまれんぞ。まあ、信頼できるやつ相手ならいいけどよ」
「ソウカ」

 こういう時は素直に返事をするのだからタチが悪い。……そんなんだから、つけ入れられんだよ。冷静沈着の無表情なやつって周りのやつらは思ってたわけだが、実際のあんたは無表情なりに感じるものはある。不測の事態には慌てるし、側で見ていてかなり鈍くさいところも多々ある。
 今まではカセットロンやメガトロン様以外は、俺も含めて気がつきもしなかったこと、知りもしなかっただろうことがあの作戦が失敗した時にかなり広まってしまった。それがなんとなく口惜しく感じる。
 いや、残念と思うのは筋違いかもしれねえ。というか、なんでそんなことを俺は気にしてるんだ。これ以上、『ファン』を増やして護衛の負担を大きくするようなことをして欲しくないってことか?そうなると、俺はこいつのそういう部分に対して好意を抱いているということになる。いやまさか。
『あいつの顔は、情報参謀としているのには目立ちすぎるからな』
『お前はあのとき、奴の顔を拝んじまった一人だったな。他の奴らみてえに、惚れちまったか?』
 記憶回路の言葉が妙な想像と共にフラッシュバックする。いや、俺がサウンドウェーブに対してそういう意味での好意を持つことなど――

「サンダークラッカー」

 考えている途中で後ろから突然声をかけられ、ヒューズがぶっ飛びそうになる。

「オ前ノリペアハ完了シタ」
「お、おう。ありがとよ」

 ウィングを試しに動かしてみる。流石はインテリ技術系。何の問題もない。
 その間、こっちの様子をサウンドウェーブがじっと覗っている。見つめられると妙な心地がする。見つめ返すと、おもむろにサウンドウェーブの顔を覆うマスクが開いた。
 どきっというか、びくっというか。
 見えるのは下半分だけではあるが、口元の固い無表情で無機質な顔。久しぶりに見た顔だった。

「サンダークラッカー、お前は、俺の顔は好きか?」

 さっきまでの思考をスキャンされていたか?それとも、みつめすぎたか?不信感を与えちまったか?
 動揺を隠して自然に聞こえるように絞り出した声は、自分でもおかしかった。

「ん?ああ、……そうだな」

 笑ったつもりだが、口角部が突っ張っているのが自分でも分かる。しかし、答えは間違ってはいない。嫌いだと言えば嘘になる。それでも一歩間違えればスクラップだ。
 ――だからといって――

「それは、俺が好き、ということか?」

 頭の中の言葉をつなげられるように尋ねられる。
 さっき後ろから見ていたサウンドウェーブが暴漢どもをいじっているときの映像が脳裏に浮かぶ。サイバトロン基地や地雷原を歩いていてる気分だ。
 しかし、もうここまで考えさせられると、いろいろと自信がなくなってきた。スタースクリームやスカイワープにちょっかいをかけられるまで、意識さえしなかったんだぞ?

「……わからない」

 正直に答えると、サウンドウェーブはまたマスクを閉じた。微かにその口元が笑っていたような気もする。

「ド低脳メ」
「分かってるよ。ひでぇな」

 今度は俺も上手く笑えた。この一連のサウンドウェーブの行動の本意は分からないが、何かの踏み絵だったような気がしてならない。何かの予感がブレインの演算上によぎる。俺は次のサウンドウェーブの言葉を待った。

「サンダークラッカー」

――来た。

「なんだ?」

 覚悟を決めると、やはり次にサウンドウェーブが話すことは予想通りだった。

「今回ノ襲撃デ、護衛ノ任務ニツイテイルトイウコトハ分カラナイニセヨ、オ前ノ存在ガ割レタ。ソシテ、単機デモ複数機デモ俺ニ敵ワナイトイウ事ノデモニモナッタ」
「……なるほど。これがお前さんのいう『周辺クリア』の状態ってわけか」

 サウンドウェーブがうなずく。
 もともと条件が開示されていなかっただけあって、なんとなく言いたいことがわかってしまう。

「メガトロン様ガ間モナク、新シイ作戦ヲ開始サレル」
「つまり時期的にも、もう俺の護衛は必要ない、ってことだな?」
サウンドウェーブがまたうなずいた。
「長ラク世話ニナッタ」

 そう言うと、サウンドウェーブはいつものようにあっさりと踵を返してスペースを出て行く。サウンドウェーブからの尋問にも似たさっきの質問が引っかかり、かける言葉が俺にはない。
 あっけなく待ち望んでいたお役御免の瞬間も、迎えてみればただただ脱力するだけだった。
 メガトロン様のご命令とはいえ、面倒くさくはあるが、悪くねえ任務だった。としか思うことしか出来ない。そう思えたのは、結果的に俺に特に大きなとばっちりが来なかっただけでもないというのが自分で分かっていた。
 でも、俺にどうしろってんだ!
 さっきの会話といい、兄弟機にからかわれたことといい、自分の気持ちといい。
 混沌とした思考の中に落とされ、俺は呆然とするしかなかった。