まだ納得がいかない。
マッハを超えるスピードで飛びながら出る轟音も、先ほどの言葉を俺の聴覚センサーからかき消すことは出来なかった。
『アッタトシテモ、オ前ニ話スコトデハナイ』
あったとしても、俺に話すことじゃない。即ち、俺には関係のないことだと切り捨てられたのと同じことだ。
お前には関係のないことだ。
この基地の中でこう言い捨てられたら、あいつにとって所属の違う下級兵士でしかない俺は言い返すことが出来ない。
護衛にしろ、秘密裏にしてきたメガトロン様直々の任務だった。解任されたからには、踏み込めばその命令を裏切ることになる。それに、もし大事になれば、デストロンの中でもともと好かれていないらしいあいつにまた危害が及ぶ可能性だってある。俺に関しても、今までの暴漢の連中に報復されるおそれがある。
「くそっ、取り付く島もねえってか?」
どうしようもなさを抱えて俺が出来ることは、一人地団駄を踏むことだけだった。しかし、今のやり取りで俺には分かったことがある。このなんとも言えない感情は身に覚えがあった。
――俺はあいつに使い捨てされたことで、拗ねている。
認めたくなかったからか本当に気が付かなかったからかは自分でも分からないが、スカイワープが俺に指摘した苛立ちはあいつが俺に対して我関せずの態度でいることからだった。さっきがっかりしたのもそれの延長で、俺はあいつに必要とされていたかっただけだと気づく。つまり、あのサウンドウェーブに『お前が居なくなって、さびしい。不自由している。お前が必要だ』と乞われたかっただけなのだ。
それが分かると、急に自分が恥ずかしくなってくる。
脱力するのと同時に、飛ぶスピードがゆっくりと落ち始める。
そもそも、俺はずっとあいつを少なからず悪く思っていなかった。護衛の任務についてからというもの、何度も何度もあいつに対して、あいつと居ることに対して、『悪くない』と思っていた。いや、悪くないというのもただの言いぼかしに過ぎない。はっきり好きか嫌いかで言えば、好きだったのだ。
「はは……確かに『低脳』だな」
いつか言われた言葉を思い出して思わず笑ってしまった。そして今度は自分の言った言葉がブレインで再生される。
『なんつーか、隙が出来た気がするんだよなあ。つけこまれんぞ。まあ、信頼できるやつ相手ならいいけどよ』
あの時は隙だ何だと好意の原因の所在をあいつに見出したが、結局はなんてことはない。俺があいつを気に入っていたのだ。
つまりは、俺が最近イライラしていたというのは、好意を寄せる相手に冷たくされてふてくされていたことにすぎない。特別扱いされてると勘違いして、そうじゃなかったから怒る。あいつの『ファン』や報復者とそう変わりねえ。
「……なんだよ。俺、かなりあいつのこと好きみたいじゃねえか」
自分の青臭さに眩暈がする。
『惚れちまったか?』
いつか俺を混乱させた言葉が、今度は俺を納得させる。
スカイワープは置いておいて、スタースクリームが珍しく執拗に俺をからかって来たのもやっと今分かる。
傍から見れば、かなり分かりやすかったんだろう。あいつが俺を避けて居たのは、俺のこの気持ちをブレインスキャンしたからに違いない。あの朴念仁が自分から気づくわけがねえが、あいつにはブレインスキャンがある。俺の気持ちが分からなくても、他の奴らの考えをスキャンすればいい。
本当にずるいよなあ。俺自身がまだ気づいていない無意識レベルの時点で気づけるんだぜ?俺はそのまま放置で、あいつは自分だけさっさとフェードアウトしちまうんだから。
俺を寄せ付けないのは、あいつなりの予防線だ。自分に少なからず好意を持っている奴。普通に考えれば、警戒するべきなのかもしれない。護衛として側に置いて変に馴れ合うわけにもいかない。加えてああも切り捨てられてしまったら、これから何か無理やりアクションをとるのにはリスクが高すぎる。
黙ってスクラップされなかったことから、向こうからはそれほど悪く思われてないようだ。人の気持ちが分かるような奴じゃないあいつが、俺に気遣ってやってくれたとしたら。
「気の使い方、分かってねえよなあ」
あいつらしいと言えば、らしい。思いやりとか出来ねえ薄情なキャラなんだから、訳も分からないうちにもっとバッサリいけばよかったのによ。
それなりに俺を思ってくれていたとしたら、余計に恋愛対象として接近しづらい。俺の好意が向こうに知られて、あいつがそれを拒否することに決めたらしい以上はお友達として仲良しこよしすることは出来ない。
「『悪くない』関係だと思ってたんだけど、あっちとすりゃ、やっぱり無理か」
あいつは上官で、かつ惚れた腫れたになんぞ無関心。情けないが、押し倒しても本懐を遂げられるかも分からない。それに、目標が達成できたとして、あいつにとって俺は『ファン』と同じようなもんだ。恋愛対象や仲間以前に、絶対に許せない相手になる。
「今さら気づいたところでなんも出来ねえよ」
再構築するには気づくのが遅すぎた。
ぐるぐる巡る思考を経てやっとのことで出た結論を呟いたが、自分に言い聞かせているようにしか響かなかった。