君しか知らない(サン音) - 17/22

 その光景を見た瞬間、目の前が赤くなり、ついにヒューズがブッ飛んだのかと思った。

「サウンドウェーブ!」

 うつ伏せに後ろからフロアにねじ伏せられたサウンドウェーブに足をかけるそいつに向かって俺の持ちうる最大限の火力を放つ。距離と速度からして当たらずとも、周りで爆ぜれば威嚇にはなる。
 不意をつかれてバランスを欠いたそいつにアンカーを噴出してサウンドウェーブから切り離すが、サウンドウェーブは反撃体勢を取る様子もない。
 まさか機能停止してるのか?
 更に驚いたことに、その強襲者は突然現れた俺の存在にパニックにはならなかった。
 ――こいつはたぶん、本物の『ファン』の方だ。
 確実にサウンドウェーブを潰してから行動を取ろうとしたんだろう。俺に驚かないあたり、俺が護衛任務に就いていた時から隙を覗ってやがったな。もしかたら、そのずっと前からかもしれねえ。この間、確実に俺とサウンドウェーブが決別したらしいのを確認してから襲ったに違いねえ。
よく考えれば、任務遂行にうるさい糞真面目のこいつが俺如きで任務をスキップするはずがねえんだよなあ。
 ロボットモードに切り替えると、動かないサウンドウェーブとの間に分け入る。そして指向性をつけて低周波のソニックブームを連続で照射してやる。
 音圧で野郎の聴覚センサーに何かガタがこようが構わねえ。
 うずくまった暴漢とは対照的に、俺の後ろでやっと動き出したサウンドウェーブに俺はひどく安心した。と、同時に怒りが余計に燃え上がる。
 これほど慎重で期を待つくらいの『ファン』ならば、今ここで念入りに潰しておかないと後々に響く。自分の気持ちに気づいた以上、こいつに関わるとどうなるか周りに示していかなくてはならない。最凶の武器は恐怖だ。もうサウンドウェーブを襲おうなんて気にならないような恐怖をここで植えつけてやる。
 サウンドウェーブが俺をどう思おうが関係ねえ。ただ、俺以外にこいつに関心を持つ奴はいらない。

「こいつはあんたにゃもったいないよ」

 サウンドウェーブは、俺のもんだ。誰にだってやりたくねえ。
 音響攻撃で致命傷を与えるのは難しいが、後遺症は残りやすい。俺のこの音を恐怖の対象として覚えさせればいい。のた打ち回るような受容ギリギリのレベルまで出力を引き上げる。ここでファイアーアタックでしとめれば一発なのだが、早い開放をしても仕方がない。システムがシャットダウンするまで蝕むのが最善だろう。
 ずっとサウンドウェーブの後処理のやり方に文句を言っていたけどよ。今の俺のやってることに比べたら、あいつは事務的に仕返ししているだけで、可愛いもんだったのかもしれない。俺自身の変わり様に自分でも驚く。
 俺もデストロンだったってことか。
 サウンドウェーブの方はやっとブレインの演算処理がはっきりしてきたという様子で、結構耐久力のある機体だからこそ、来るまでにどれだけボコられていたのかわかってしまう。後ろから急に襲われて至近距離で顔面を割られたらしい。バイザーは大破している。
 空いている片腕で起き上がるのに手を貸すと、その手を介してサウンドウェーブの振動を感じた。 排気音は荒い。吹っ飛んだマスクの下の顔は鉄面皮のままだが、なんとなく怖かったんだろうなと思えてきてドギマギする。
 ちゃんと恐怖だって表現できるじゃねえか。
 ソニックブームの轟音の中、暴漢の機能が耐え切れずに自動的にスリープモードに入った音がし、俺は完全にサウンドウェーブに向き直った。

「俺がいないとダメだな」

 あんたには俺が必要だ。
 ずっと言いたかった勝利宣言をする。
 が、覗き込んだ目にぎょっとする。ほんの少し、オプティックセンサーの反応が遅い。センサー異常。強い火器で至近距離攻撃か。

「あんた、マスクやバイザー吹っ飛ばされただけじゃなくて、顔も焼かれたのか?」
「ああ」

 エフェクトがなくても平坦な声でサウンドウェーブが返事をした。荒かった排気音も落ち着いてきている。が、何でそんなに冷静でいられるのか訳が分からない。

「俺じゃあ直せねえ。すぐにオペ台に連れてってやるからな!」

 すぐさまトランスフォームしようとするが、その腕をサウンドウェーブに捕まれて、俺は少しやっこさんを引きずるようにして急停止した。
 負傷してるのに無理やり俺を止めようとした事実に驚いて言葉を失う。

「問題ない。損傷箇所は一部で修復可能なレベルだ」
「そうはいっても――」
「落ち着け。俺は元から見えすぎてしまうから、マスクやバイザー無しでダメージを受けた現状ならこれくらいの方が都合がいい」
「よくはわかんねえが、お前さんのことが心配だってことだよ」

 本心から思う。
 あくまでも平静を保っているサウンドウェーブの言葉に従って、俺も少しだけ自分を落ち着かせる。しかし、今まで見たことないほど負傷しているサウンドウェーブを前にして激さない方がおかしいのだ。
 そう言葉にすると、サウンドウェーブも少しだけ和らげた声で『そうか』とだけ返した。