君しか知らない(サン音) - 16/22

「あれ、サウンドウェーブは?」
「はあ?」

 フレンジ―が作業予定のスペースに入ってくるなり、俺の顔を見てそうつぶやいた。
『アッタトシテモ、オ前ニ話スコトデハナイ』
 突然出てきた名前にあの拒否の言葉が思い出されて、俺は思わず身構える。
 やっぱりカセットロンには俺とのことは言っていないらしい。俺の動揺に全く気づかない様子で、フレンジーはの言葉を続けた。

「確か、サウンドウェーブが今の時間の監督だと思ったんだけどさ」
「ああん?あの中古野郎だったのかよ」

 フレンジーからあいつの名前が出た途端、口論のタネを手に入れたスカイワープが待ってましたと言わんばかりにつっかかる。また始まったか。

「サウンドウェーブのことを悪く言うんじゃねえや!」
「なんだと?このチビ!」

 すぐにでも取っ組み合いを始めそうなふたりを引き剥がす。

「おい、作業遅れるとまたメガトロン様に叱られるぞ」

 スタースクリームが今日は今作戦の拠点の偵察に出かけていったから、メガトロン様が直々に指揮を執ると思っていた。しかし、フレンジ―の口ぶりだとあいつが主任だったらしい。

「にしても、あいつが来ないんじゃ作業も出来ないだろ」

 スカイワープが不服そうにそう言った。
 かといって、喧嘩しても仕方ねえだろうが。

「通信できないのか?」

 あいつが遅れるなんて、今までになかった。俺の質問にフレンジーは首を横に振った。

「ランブルたちも居ないんだ。サンダークラッカーはサウンドウェーブの居場所知らないのか?特別な任務とかさ」
「悪いけど、知らねえよ」

 素直に聞いてくるフレンジ―に悪気はないんだが、俺とあいつは居場所を教えあうような関係じゃないと内心で毒づく。周りにそう思われていたとしたら意外だが、事実そうじゃなかったんだから仕方ねえ。

「そうか……」
「おう」

 それ以上の言葉が言えずに沈黙すると、俺が知らないと答えたことで心細そうに下がったフレンジ―の頭をスカイワープが小突いた。

「当たり前だろ。俺たちジェットロンがお前らと関わるわけがねえだろうが」
「あんだと?」

 スカイワープ、その逆が正解だ。こいつらカセットロンはともかく、あいつが俺らジェットロンに、ひいては俺に関わるわけがねえ。……自分で考えていて、悲しくなるが。

「根暗の情報参謀とじゃ釣り合わねえってことよ」
「てめえ、言わせておけば好き勝手言いやがって!」

 それにしても、スカイワープはさっきから聞いていて、何であいつを考えさせることばかり言うんだ。少し自分が傷ついているのに気が付き、苛立ちはするものの、喧嘩を止める気力も湧いて来ねえ。

「あの陰険に置いてかれた癖にでかい口叩くんじゃねえ」

 最近はこういう喧嘩も少なかったのによ。
 ふといつぞやのフレンジ―とスカイワープの口論を思い出す。あれは確か、護衛の任務に就いた日だったか。あの日も、フレンジ―だけがイジェクトされていて、スカイワープが不安げなフレンジ―をからかって……そこで以前に心に浮かんだ想像を思い出す。
 そういえば、こいつ、あいつとは釣り合わねえとは言ったが、カセットロンのことは言わなかった。無意識にしろ、やっぱりそうなのか?だとすると、俺より青臭い奴ってことになる。
 ――マジかよ、兄弟。
 俺は自分でも笑みがこぼれるのが分かった。
 なんにせよ、やっこさんを探しに行くにしろ避けるにしろ、俺はこのスペースを出なくちゃならねえ。スカイワープは無意識にしろ、少しくらい今までの仕返しをしたって、罰は当たらねえだろ?
 俺は兄弟機の聴覚センサーに口を寄せ、囁いた。

「スカイワープ、お前のそのフレンジーへのつっかかりは『関わる』に含まれねえのか?年がら年中相手を気にしまくってるのは、よ。『惚れちまったのか?』」

 その頭部が物凄い勢いでこちらを振り向く。

「なんだ。自覚はしてたのか?なら、頑張れよ、兄弟」

 スカイワープにいつも俺に向けていたあのにやり顔の真似を見せつけ、俺は踵を返した。

「とにかく、あいつが居ねえと何も始まらないんだろ?そこらへん探してくるわ」

 俺たちのやり取りを不思議そうに見ているフレンジ―にそう断って、俺はさっさと作業スペースを出ていく。後ろからは何とも言えない声でスカイワープが何か言葉を発したのが聞こえたが、扉を閉めると掻き消えた。

「――とは、言ってもよ」

 部屋を出た瞬間、ため息がこぼれる。スカイワープにからかわれ続けたことの意趣返しを果たしても、さっき俺が陰ながら傷ついた分を取り戻しても、すっきりもしない。俺の問題は根本的に解決していないからだ。
 あいつとの最後のやり取りを思い出してからずっと、頭ん中がざわついている。探すとは言ったが、俺には内心顔を合わせるは勇気なかった。ここまで拒否されたのものかと、俺のブレインはさっきから嫌な思考に支配されている。
 あの最後の会話を思い出せばあいつに完全に避けられるようになったんじゃねえか?
 俺がスペースを出て行けば、やっこさんがあの部屋に入っていけるかもしれない。これでスカイワープからあいつが着いたなどと連絡が入ったら確定だ。
 正直に言えば、知りたくねえのが本心だ。
 思っていたより、この間の会話からショックを受けている自分が居る。
 今はこれ以上は傷つきたくない。
 幸か不幸か、まだスカイワープとの回線には履歴が入っていない。もちろんあいつからの連絡もない。護衛任務期間中はいつも突然鳴っては俺をビビらせていたあいつからの通信を知らせるシグナル。まさか、懐かしむ日がくるとは思いもしなかった。
 今このタイミングで鳴っても、応答に出れそうにはねえけどよ。てめえが嫌われていること、拒否されていることを知りたい奴がどこにいるってんだ。
 あいつと連絡が急につかなくなる事態が護衛中なら、確実に襲撃を受けている最中だろうが『周辺クリア』の後ならば、自分と連絡を取りたくないがためとしか考えられなくなる。しかし、鬱々とした気分ではあるが、探してくると言った手前は何かしなくてはいけない。
 そういえば、フレンジーはあいつが通信に出なかったと言っていたが俺は試していなかった。俺が試したからって今の状況で応答してくれるはずはない。
 やっこさんに通信を入れるなんて、あの護衛任務に就けられたあの日以来か?そう思い返せば、あいつも勝手なやつだ。
 フレンジーは俺にああ尋ねたが、あいつがどこに行っちまったのかなんて見当もつかねえ。結局、護衛を始める前の状況から何も変わっちゃいねえ。いろいろと側で見てきたつもりだったが、俺はあいつのことは何にも分からなかったってことか。

「……万が一でも、出てくれるなよ?」

 俺は嫌な予感を押さえつけながら、あいつに向けての基地内通信を発信した。

「サンダークラッカーから通信。応答せよ。サンダークラッカーから……って、やっぱり応答なしか」

 思わずだが、これ以上傷つかないで済むと分かり、安堵の息が漏れる。
 とりあえず、カセットロンの通信にも出なかったんだから今のはノーカンだ。
 そう思い、シグナルを切ろうとした途端、違う回線からキャッチが入り、通信が切り替わった。
 あいつが帰ってきたんだろうな。
 最悪の想像が現実になったと分かり、俺は脱力した。

「スカイワープ、お前か?」

 恐る恐る声をかける。しかし、向こうからかけてきたくせに反応はない。
 さっきからかったことへの仕返しか?

「おい、もしもし?」

 聴覚センサーを研ぎ澄ましても回線から入ってくるのは雑音だけだ。流石に嫌がらせにしては無駄すぎる。個人回線だが、スカイワープじゃない。じゃあ、誰だ?
 そもそも、通信回線が自動で切り替わるような優先設定はメガトロン様以下つけていないはずだ。いや、違う。一機だけはずっと最優先にしてある。

「もしかして、あんたなのか!?」

 つい大きな声が出る。音声としての反応はないが、俺の中で確信が生まれる。あいつの優先度は護衛任務の時のままになっている。でも、何故だ?
 俺の思考が結論にたどり着く前に、通信は音声から文字データに切り替わり、どこかの位置情報を吐き出すと切り上げられた。

「――スクランブルか!」

 考えが追いついた瞬間、限界スピード以上まで一気に踏み切り飛び出した。
 間に合ってくれよ。何もないままでいてくれ。ましては壊されちゃかなわん。暴力を振るうにしろ、無理やり接続しようとするにしろ、あいつを他のやつのものになんかにさせたくねえ。メガトロン様の御命令はもう過去のものだとか、上官のあいつ自身が一度俺の気持ちを拒否していようが関係ねえ。デストロンだろうが、サイバトロンだろうが、俺ができないでいることを誰にやらさせる気なんて微塵もない。利用されてるだけだとか、この後どうせポイ捨てされるだとか、もうどうでもいい。
 記憶回路をぐるぐるめぐるだけで、熱が上がる。負荷熱のせいだけじゃない。

「あいつは――サウンドウェーブは、俺のもんだ!」