サウンドウェーブの修理には思ったよりも時間がかかった。
見た目では分からなかったが、意外と内部には損傷が大きかったらしい。まさか戦いに参加していたフレンジー以外のカセットロンたちが基地に帰って来てからイジェクトされなかったのは、胸部パーツが歪んでいたせいだとは思いもよらなかった。
薄っ気味悪いほど冷静かつ迅速にリペアがなされていくのを見ながら、居心地の悪い沈黙の中に居るのは辛かった。俺の失言の意趣返しなのかもしれねえが。やっこさんの考えていることなんか全く分からねえし、俺は期限の言い渡されなかった『護衛』の任務とやらがすでに億劫になってきている。
この任務とやらは、いつまで続くってんだ?
そんな俺のぐちゃぐちゃとした思考とは裏腹に、修理を終えたらしいサウンドウェーブの行動ははっきりしていた。バイザーとマスク装着するやいなやすぐに立ち上がり、自分を襲った機体に近寄って自分と相手を端子で繋ぎ始める。
「何してるんです?」
予想もしていなかったことに俺は思わず声を上げた。
「データ回収ダ。二度ト、俺ヲ襲ウヨウナ気ヲ起コサセナイヨウニシテヤル」
なるほど、実にこいつらしくはある。マスクにより独特なエフェクトのかかった声で、サウンドウェーブは当然だろうというように言い放った。サウンドウェーブの気持ちも分からなくもないが、同じデストロンの仲間相手にえげつねえなとは思う。こいつ、これから襲おうとしたり、弱みを握ろうとするやつ全員にこんなことするつもりなのか?
声に出して批判はしないが……そう考えた瞬間、サウンドウェーブが声を上げた。
「要ラヌ世話ダ。実行スルノハ、オ前ジャナイ――ブレインスキャンダ――俺ノ勝手ダロウ」
俺の驚きさえ読み取ったのか、話している最中に付け加える。
<ブレインスキャン>――電磁波で相手の思考を読みとれるサウンドウェーブの能力。相手に頭ん中のぞかれるのは誰だっていい気分じゃない。だから、この能力ゆえにサウンドウェーブを嫌う奴も少なくない。
完全に忘れていた。それにしても、こいつこんなことさえ日常的に読み取ってんのか?まだ信用を置いてないということでもあるんだろうが。仲間の考えをいちいち読み取ってダシに使ってりゃあ、陰険参謀なんて呼ばれる理由もご察しだ。もしかしてこいつは、相手の頭の中は読めるくせに相手がどう思うかはわかんねえ難儀なやつなんじゃねえのか。データを回収し終えた端子を巻き取っている姿を見ていると、そんな推察すら芽生えてきた。
「じゃあ、さっきのだって、あんたならブレインスキャンで周りに注意を払ってれば防げたんじゃないんですか?」
ここまで俺の考えが読めるなら、と疑問を覚える。
じゃなかったらマゾかよ。
そう考えたことも分かったらしく、サウンドウェーブがすぐさま訂正する。
「エネルギー消費ノ効率ガ悪イ。加エテ負傷ダメージニヨリ範囲ガ有限ダッタ」
へえ、知らなかった。というか、マゾ呼ばわりなのはいいのかよ……
納得はしかけるが、その言葉が真実なのかはサウンドウェーブにしか判らない。もし本当なら、知らないから得体がしれない恐怖で人を掌握できるのに、俺にそんなネタバレしまくって大丈夫なのか。妙な老婆心を抱かせる。
「俺ノ身ヲ案ジル気持チガアルナラ、フレンジーヲ連レテコイ」
なるほど。さっきの言葉が事実にしろ嘘にしろ、モニターされてる方はいつ頭ん中をのぞかれてるのか分からねえってことか。そりゃあ、ちょっとした脅威だ。
それに、こっちからはサウンドウェーブの考えていることが分からねえ。いつものようにマスクをつけていても、ついていなくても、あれだけ無表情なんじゃ分かれってほうが無理だ。
上官の命令であるからには黙って従う他ないが、きつい言葉遣いにカチンと来ないほど俺だって腑抜じゃない。一矢くらいは報いてやる。
「あんたの弱みを握って得するのはデストロンだけじゃねえんだからな。サイバトロンの腰抜け連中の中でもあんたのことを調べようとするやつがいないとは限らないんだぜ?」
「…………」
反論さえ返ってこない。少しは痛いところを刺激できたらしい。ちっぽけな勝利だが、一歩出し抜いてやったようで悪い気分じゃない。俺ばっかり考えていることを見抜かれても面白くない。
「あんた、そこ動かねえでいてくださいよ?」
まだ来襲者が居ないとも限らない。フレンジーを迎えに行くのは一向に構わないんだが、内部通信で呼び出せば危険も小さいだろうにとも思う。
「ウルサイ、黙レ。オ前ノヨウニ俺ノ居場所ヲ聞キダソウトスル奴ガイナイトモ限ラナイ。ココヘ来ルノニモ護衛ガ必要ダロウ」
サウンドウェーブはそんな小さなぼやきも拾い上げて返してくる。
へえ、こいつも怒れはするのか。
苛ついてきている様子だし、ここらで一旦こいつと離れるのは俺にとっても悪くない。
「へいへい。では、行って参りますよ」
サウンドウェーブがブレインスキャンする前にさっさとトランスフォームして飛び立つ。飛行体勢を安定させながらフレンジーに通信をいれると、基地の中心部にいるとすぐに応答が返ってきた。さきほどのスカイワープを交えた会話を思い出し、一瞬、今のサウンドウェーブの言葉を教えてやろうとも思ったが黙っておいた。
護衛ガ必要ダロウ、か……普通に心配だって言えよ。素直じゃないねえ。
これは流石にブレインスキャンされたら猛烈に怒るだろう。そう、あいつは俺との会話で苛ついていた。サウンドウェーブも怒れるのだ。
やっこさんがからかわれてどんな顔をするか想像すると、少しだけ愉悦を覚える。どうせあの仏頂面なんだろうが、口調ははっきりと変わる。だから想像する分にはマスクの下の顔見えないのがちょうどいい。
頭の中で、あの群青色の機体を思い浮かべる。
すると、数メガサイクル前までまったく結びつかなかったサウンドウェーブの色恋沙汰についての疑問がふと頭によぎった。
「あいつ、あんなんでも照れたりも出来んのかねえ?」