サイバトロン基地から離れ、デストロン基地の領空に近づいた時、サウンドウェーブが急にカセットプレイヤーからトランスフォームした。
「ヨク飛ビ込ンデ来タ」
こいつ、他人を褒めることも出来んのか。
妙に感心してしまう。メガトロン様は比較的すぐに評価を口に出すタイプだが、カセットロンの連中対して以外には、こいつにはそういうイメージがなかった。じっと黙ってこちらを見透かすように観察する姿がどうしてもつきまとう。……それゆえにこそばゆい。
「味方がやべえって時に見捨てるほど腰抜けじゃねえんだよ。それにあんたはデストロンの大事な情報参謀様でしょうが。あんたが捕虜になっちゃあ、危険が大きすぎる」
褒められれば嬉しいかと聞かれれば『嬉しい』のだが、サウンドウェーブ相手だ。つい、裏があるかと謙遜の安全地帯に逃げ込んでしまう。嬉しい以上に、違和感の方がどう考えても大きい。どうしても必要以上に構えてしまう。
そんな俺に対してサウンドウェーブは更に続けた。
「オ前ハ低脳ダガ、スタースクリームト違ッテ意外ト見所ノアル奴ダ」
突然出てきた兄弟機の名前にぎょっとする。
「おいおい、あんなんでも同じジェットロンで俺よりは頭もいいし、俺の上官だぜ?」
しかし、サウンドウェーブはそういうことを言いたかったわけではなかったらしい。首を横に振り、急に俺との距離をつめてきた。
「違ウ。コウイウ状況下デハ、サンダークラッカー、オ前ノ行動ハ予測シヤスイ。トイウコトダ」
声音は変わらないが、口調は軽い。
こいつ、まさか。
「……お前さん、敵が来ても俺が残って、助けに行くまでをあらかじめ予測してたってのか?」
「マアナ」
さも当然というようにサウンドウェーブはしれっと答えた。
実はこういうキャラなのか?
「まあ、サイバトロンに向かう行動原理はわかりやすかったぜ。あんたは素性をあんまり知られたくないみてえだしな。よくわかんねえが、上手くやったんだろ?良かったな」
サウンドウェーブとの会話を再生すれば、サウンドウェーブの口数が妙に多く、そして少しハイだ。
相変わらずエフェクトがきつくかかっているが、聞く俺のフィルターなのか、心なしか笑いながら話しているようにも聞える。どうせ、マスクの下は無表情なんだろうが。
もしかして、これがサウンドウェーブのご機嫌状態なのか?
……分かりにくいが、そういうことだろう。
「とりあえずは、安心だな」
しかし、サウンドウェーブにいたっては
「安心?」
と、不思議そうに聞き返してくる。
「ほっとしてるんじゃねえのかってことだよ」
違うのか、と続けると、サウンドウェーブは少し考えるそぶりをしてから、俺にまっすぐ振り返った。
「コレハ黙ッテイタガ、俺ノ過去ヲ特定出キルヨウナ情報ハットクノ昔ニ、全コンピューターカラ、デリート済ミダ。シカシ、確認シタカッタダケダ」
なるほど。そういえばそうか。
あのビームが暴発してマスクとバイザーが吹っ飛んでから、何メガサイクルも経っている。あれほど徹底して情報操作しようとしているこいつが、サイバトロンどもに情報をもたせ続けているはずがない。なるほど、本当にこいつにとっては『いつも』のことだったのだろう。
じゃあ、なんでこいつはここに?なんでこんなにハイなのか?
色々な疑問が次から次へとわいてくる。
「じゃあ何でわざわざあんなとこに行ったんだよ。逆に不信感を与えて調べられるんじゃねえのか?」
「サウンドウェーブ頭イイ。サイバトロンガ既ニ知ッテイルヨウナ適当ナデータヲ書キ込ミ済ミダ」
「それを確認しに行ったってだけなのか?あんた慎重なのかそうじゃないのか。なんていうか、何考えてんのかよくわかんねえ奴だな」
「ヨク言ワレル」
「そういう意味じゃねえよ……まあ良いや」
後半のみに反応したということは、他にも理由があってサイバトロンに潜入したようだ。しかし、答える気は無いようだ。
そういえば、気づけば、いつの間にか完全に敬語をやめてしまっていた。サウンドウェーブは組織内の階級にうるさいという印象があったのだが、そうでもないのか?やっぱり読めねえ。
サウンドウェーブを理解しようとするが、努力虚しく、何の成果も得られないまま基地に到着する。
とにかく、今は分からなくても、後々分かってくるかもしれない。護衛対象の腹の中が全く読めないのは不安だが、利用価値を認められたらしいからには、そう簡単に使い捨てされるようなこともないだろう。それでもさっきのような嬉しくないサプライズは、もうゴメンだ。
「でも、あんた、次からは何かして欲しい時は俺の行動を予測して動くんじゃなくって、何か一言くらい言ってくれねえと肝がもたねえよ」
さっさと歩き出したサウンドウェーブに向かって言葉を投げかける。すると、
「スマナカッタ」
と、振り返らずに、サウンドウェーブがつぶやくようにそう言った。
……何だ、素直なところもあるじゃねえか。
まあメガトロン様からのご命令だから従う他は。そう言い掛けて、俺は直前の思考とのギャップに急停止した。
俺が、このサウンドウェーブを、少しでも、好ましく思ったとは!
いや、しかし、思ってたよりおもしろいところもあると分かってきた。
「ドウシタ、サンダークラッカー?」
「なんでもねえよ」
いつの間にか、俺の名前を呼ぶようになっている。そして、尋ねてくるということは、ブレインスキャンを俺にしていないということだろう。これは、信頼してやっているぞという、こいつなりの表現方法なのか。は、分からないが、見せかけだろうと悪い気はしねえ。
「で、メガトロン様にはなんて報告するんです?」
もう落ち着いたのか、いつも通りの冷静沈着な情報参謀に戻りつつあるサウンドウェーブに尋ねる。
サウンドウェーブは上手く出て行ったのかもしれないが、俺はここを飛び出すときに通常の出入口を使っている。そしてご自分が護衛に付かせた俺とサウンドウェーブが一緒に帰ってくれば、メガトロン様も何か仰られるだろう。
「大丈夫ダ。問題ナイ。質問ハサレナイ」
何を根拠に。
「でも、もし尋ねられたら?」
そう疑問をぶつけると、一瞬の無言の後、
「手ハ打ッテアル」
と、小さなディスクが目の前で振られた。そしてサウンドウェーブはさっさと基地に入って行く。
「コレハ、奥ノ手ダ。オ前ガ憂慮スル必要ハナイ」
「はあ?」
ディスク。サイバトロン。サウンドウェーブ。潜入。
――まさか。
最初は意味が分からなかったが、やっと理解が追いつた時にサウンドウェーブの抜け目無さに唖然とする。
まさか、サイバトロンどものデータを少し抜いてきているとは。
本当にこいつ、俺が護衛する必要があるのか?
そして、サウンドウェーブの言葉通り、基地を飛び出していった後にやっこさんを連れて帰ってきた理由がメガトロン様に尋ねられることはなかった。