理非知らず(サン音) - 4/6

 膝を立たせた姿勢でハッチを開けさせると、泡立ったオイルがすぐに漏れ出た。見ているうちにどろりとした重力のままに脚部に垂れ広がる。
 閉めたまま入り口の辺りに溜まってきてたらしい。これは気持ち悪かっただろう。洗浄機からノズルを延ばす。が、洗浄水を噴出し始めたところで思考停止する。
 このまま、突っ込むわけにはいけねえよなあ。かと言って、指でかき出して声でも出されたらこっちの我慢がならねえ。
 どうするべきかしばらく考えるが、どうしようもねえ。やっこさんに迷惑をかけたからには、始末くらいはしなきゃならねえ。そう考えている間にも黙っていれば、多分ブレインスキャンだ。あまり見ないようにしてさっさと終わらせよう。
 脚部に垂れたモノを洗い流す。接続から何十サイクル過ぎているために、こするとやや粘度が高いのが分かる。手前のものとは言え、気持ちが悪い。膝の関節から上腿へ、白い塗装に流れるオイルに水をかけながら指を滑らす。

「—-ン、」

 小さな嗚咽が漏れるのが聞こえる。そしてそのすぐ後に、咳払いとマスクの開く音が聞こえてきた。サウンドウェーブの顔は絶対に今見れない。しかし。
 こりゃあ、一体なんの拷問だ。
 先ほど、サウンドウェーブのデスクで思い出した映像がまた生々しくブレインに浮かぶ。あれのすぐ後なのだから、思い出さないわけがない。ずっとナカでオイルがうごめいていたからか、サウンドウェーブの回路もまだ治まっていないようだった。レセプタのハッチのあたりはオイルだまりのようになっていて、この状態でそこに触れればどうなるかくらいは俺でも分かる。
 最初は流すだけ。
 ノズルの噴出口をそこにあてがうと、嬌声に近いような声が発せられた。同時に、俺の腕にサウンドウェーブがすがりつく。洗浄水がナカに吐き出されたらしい。慌てて外すがもうすでにある程度までは達したらしい。掴まれた腕を通して、サウンドウェーブの機熱が上昇するのが分かる。

「、うう、……ふ、う」

 首元にかかる荒い呼吸がかかる。聴覚センサーが、感覚回路が、その音源に集中してしまい、まともなこともしゃべれない。
 これは、やばい。

「サウンドウェーブ!」

 肩の手を掴んで、自分とやっこさんを引き離す。これ以上はいくら俺でも我慢できるわけがない。引き剥がしたサウンドウェーブの幾分ぼやっとした表情を見てそう確信する。

「どう、した?」

 やっと呼吸が整ったらしく、サウンドウェーブがこちらを覗きこむ。
 どうしたもこうしたもねえ。今だったら確実に理性のヒューズがぶっ飛んじまう。
 視線をどこに置いていいか分からず、自分の手元に目線を落とす。このまま中までこの指突っ込んで処理までしきれるわけがない。まず自分の欲に従ってしまいそうだ。

「すまねえけど、コレ以上は出来ねえ。何もしねえでいられる自信がない」

 そう伝えると、サウンドウェーブが小さく笑ったのが分かった。

「理性やら道理がどうしたっていうのだ、ヘタレめ」

 顔を上げれば、だらしなく開いていた口元を上に歪めてみせる。さっきまであんな声を上げたのに、もういつものペースだ。

「責任くらいは、最後まで取れと言っただろう。お前は、必要な時には確認などせずに勝手に決める癖に。こういう時は、妙に考えるのだな。道中ではいろいろと好き勝手に妄想していたくせに」

 つっけどんな様子で言うサウンドウェーブは何も変わらず、いつもと同じまんま。さっき喘いだ様子など微塵も感じさせねえ。自分が灯らせた何かもすぐに跡形も無く消し去りやがる。
 こういう姿を見るたびに、よがらせて、服従させて、俺だけを考えさせたくなる。

「……あんた、あれも読んどいて、責任取れっていったのかよ。そりゃあ、あんたも期待してたってことでいいのか?」

 先ほど引き剥がした機体を自分に抱き寄せる。

「好きに取―–」

 サウンドウェーブは絡める舌で何かを言おうとしていたが、俺はもう限界が近かった。