ノーノックでイギリスの書斎を兼ねた部屋に入ると、奥のベッドルームへ続くドアが開け放たれていて、紅茶色のブランケットが人型に丸く膨らんでいるのが見えた。
部屋には今日イギリスが着ていたネクタイやらジャケットやらが点々とベッドに向かって脱いだままになっている。男のくせにやたら細かいあいつには似合わない。
「イギリス、」
ベッドに腰かけると、スプリングの軋みとともにイギリスの肩の部分が揺れたような気がした。その明るい金髪に手を伸ばしても、何の抵抗もしてこない。いつもだったら、とは考えてしまう。
本当に泣いてんだな…
「イギリス、何で泣いてるんだ?」
薄く微笑んだような表情で、フランスは聞く。そこで、この部屋に入って初めてのイギリスの反応が帰ってきた。
「お前がそれを言うのかよ。……ふざけんな、全部分かってる癖に」
撫で続ける手は、何も答えない。ただ優しく快く撫でるだけだ。しかし、イギリスは振り払うように上半身を起こして冷たい声で言う。
「お前、そんなに俺が嫌いなのか?そんな思わせぶりな素振りしてきたりするから……俺が──」
「俺が──、何?」
勝利宣言を言い放つフランスに、イギリスは真っ赤になって再びブランケットに潜り込む。逃げ場など、ないのに。
「もういい、今のは忘れてくれ」
……まだ早かったか
予想外の最後のプライドのねばりに、忘れていいなら、と立ち上がったフランスは後ろから『誰か』に服を引かれた。誰かと言ってもこの部屋には、自分とイギリスしかいない。
フランスは我が侭な子供に困らせられたような表情で笑った。
「坊っちゃん、なにかお兄さんにまだ言ってない事があるんじゃないの?」
長い沈黙の後、イギリスの震えた声が響いた。
「お前が俺を嫌いだろうと……もうどうでもいい。一人の人間、アーサー・カークランドとして言ってやる。
フランシス、俺を抱け」
プライドが壊れても、女王様は抜けないらしい。満点とは言わないが、答えは何百年も前から用意されていた。