バイトが部屋から出て行ったのを確認するようにドアの方を向いているフランシスに一瞥を投げて、俺は目の前のパソコンに目をもどす。
耳をすませば、下の階で流している音楽がこの部屋まで聞こえてくる。自分が店に立っていない時は店に居たバイトに全部任せているが、また近隣の店からクレームが来ないように後できつく言っておく必要がある。
あとはどうでもいいはなしだが、フランシスはたしかこの手の音楽は好まない記憶がある。次からはあいつが来る、 原稿の締め切り日にはボリュームを下げておくことも考えてやらないわけではない。そのことも言わなくてはならない。
一応は、依頼人のようなものなのだ。そんなに大々的なものではない小さな記事ではあるものの、コラムを載せだしてから客足が増えた。まあ、要するに宣伝になるのである。
雑誌でまかされているコラムページの原稿は仕上ってはいたが、最終確認はすんでいなかった。
「なんだ、終わってるじゃない」
二人きりになって語気を崩したフランシスに、後ろから覗き込まれる。こいつの香水の匂いと、顔に触れる長い金髪にはもうセックスをした時点で慣れた。が、この男のスキンシップの多さにはまだ慣れることができない。久しぶり、と耳の近くで唇を鳴らされて不快感のようなものが背中を走った。
「くっつくな、馬鹿」
「あらら、恋人に対して酷い言い草」
『恋人』という言葉をわざと強調して言うその顔面を殴りとばしたくなる。見上げると、今度は別のところにキスされ、そのまま首筋に下がっていく。くすぐったくなるもどかしさごとフランシスをどけようとしたが、「坊ちゃんが原稿の見直しを終えるまで」と言って離れなかった。
しつこいが、今はこいつに切れている時間ではない。俺の仕事が仕上ってもまだ離れなかったその時にだけどうにかすればいいのだ。なんだかむず痒いが、終わりがあるならば我慢できる。
服の上から鳩尾の辺りをなでられて、思わず声を上げると、フランシスが喜んだような顔をしたのが分かって癪だった。