近くの通路の方から足音と声が聞こえてくる。そこで俺は不意に我に帰った。そういや、こんな場所でずっと話をしていたのだった。
数デカサイクル前のことで少し浮き足立った俺が始めた会話が、ここまで発展するとは思って居なった。あの時は何か自分に対して理由と意味は分からないが、サウンドウェーブがアクションを起こしたことが嬉しかったという理由だけだった。
俺が押し黙った静かな中、他のやつらの話し声だけが聞こえる。
「誰か、コッチに来ルナ」
サウンドウェーブが平坦な声でそう呟く。俺が誰かがこちらにくることを知っているのを承知した上で、こう言う事によって俺に選択肢を与えてくる。この話はここではもう終わり。あとは俺次第。それが分かっているからこそ、不完全燃焼による後味の悪さが燻る。
じゃあ、あんたはどうして欲しいんだ?簡単に「お前が求めさえすれば」なんて言ってくれる。お前さんが俺から離れたいなら、元に戻りたいなら――だけど俺は、そんなことを俺からするつもりなんて微塵もねえ。
すぐ近くで近づいてくるそいつらの声が聞こえた時、俺はサウンドウェーブの手を取り、歩き出した。
ここは俺の個人スペースに近い。この話は、手放しちゃいけねえ。
俺はサウンドウェーブを引き寄せるように力ずくで引っ張る。あまりに抵抗がないことに、こいつも了承しているようだと思えて安心する。そこで、一方的に握っていた腕を離そうとすると、その手にサウンドウェーブの指が絡まった。
驚いて振り向くと、サウンドウェーブが小さく首を振った。
「離スナ」
どうして反応していいか分からず、俺は前に向きなおす。
人の目があるところで、こいつが直接こういう「見た奴が俺たちの関係性に何かあると分かる」形で接近してきたのは初めてだった。サウンドウェーブと俺の関係性なんか、俺が知りたいくらいなのだが、指を絡めるなんて行為はこのデストロンの中じゃあ普通は到底しねえ。
そして、「離されたくない」。そうはっきり行動と言葉で俺に対して示されたのも初めてだった。
こういうこと、だよな。
俺は先ほどまで出てこなかった表現の糸口をやっと掴むことが出来る。
「……なあ、さっきの話。お前さんが俺についてどう思ってるかってのは分かったけどよ。俺がどうしたいのかと、あんたがどうしたいのかが入ってなかった」
サウンドウェーブの手を握っている力が強くなる。聞こえているって意思表示だろう。
俺の個人のコンパートメントが目前に近づく。
歩きながらだが、この話は今すぐしなくてはいけない気がする。俺は言葉を続けた。
「俺は、俺の支配欲だとかが満たされても、あんたをそう簡単に手放したくねえと思うだろうし、そう思いてえ。お前さんはどうしたいんだ?」
個人スペースのドアが開く。俺は繋がった手を握りなおし、振り返る。
そして、サウンドウェーブが自分のコンパートメントに足を踏み入れるかどうかの選択を待った。
2014/11/23
【サン音】確認癖4
「そりゃあ、一体どういう意味だ?」
サウンドウェーブが吐き出した音声の内容が、重大そうな意味を持っているだろうに、俺にはいまいちピンとくるものがない。分かるような、分からないような。
他の奴を介さないと、俺自身や他の奴らが分かんねえ。
自分の言葉に変えてみたが、内在化されない。
「……お前は、他者認識ヲすぐ二自己認識に置き換エル。スキャンしている限り、オ前自身は考エテイルことハ多様ダガ、大抵はソノ後他の機体ノ認識にヨッテ思考ヲ放棄している。俺と実際二会ッテイル時もぐちゃぐちゃト考エナガラモ、イズレハ考えるのを止メテイル。俺に対してノ認識はスカイワープやスタースクリームたちトノ対話で強マル傾向ガアルが、お前はイツカあいつらノ認識トお前の認識ノ反発に飽きるダロウ。モシ長い間、確認がナサレナカッタラ、」
そこで言葉を切る。サウンドウェーブが何を言ってるかは分からないが、最後に何を言いたかったかは分かった。こいつは、俺がそのうちこいつに対する好意を無くすと言いたいのだろう。
そんなことは、
とそう言いかけて黙る。遅れてさっきの言葉の意味の処理が追っついてきて、俺は考え込んでしまう。そんな俺に対して、サウンドウェーブが小さく頷いた。
なんの確信がこいつに芽生えたというのか。何に同意したのか。そんなんじゃねえと反論したいが、ブレインの演算上に言葉に出てこない。
「お前ハ俺トイウ機体がワカラナイから興味を持ってイル。知ラナイから知リタイと思ッテイル。ヨッテ、慣レタリ、手に入レタラどうでもよくなってしまうダロウ。俺のものニシタイ。ソウイッタ支配欲はお前ガ求めサエスレバ、簡単に満タサレル。ソレニ、俺ハお前が思ってイルほど、何カヲ多くハ持っている訳デハナイ」
サウンドウェーブが言ったことは、完全には否定は出来ない。
俺はサウンドウェーブに振り回されたり混乱させられたりする時、俺の予想を越えるこいつの行動を面白く思っていなかったか?振り回される恐怖感や焦燥感を楽しんでいなかったか?そう言い換えてみればわかりやすい。少なからず、楽しんでいた。悪く思っていなかった。
サウンドウェーブが言いたいのは、そしてそういうスリルはすぐに慣れちまうってことだ。それは俺だってよく知っている。次へ次へと動いていかないと、慢性化する。より強い刺激を与え続けられなくてはならない。
こいつはそういう先のことも考えていたのか。
俺はただただ驚く。しかし、こいつが言ってることだけが本当のことなのか。これは、サウンドウェーブの言うところの、サウンドウェーブの『認識』だろ?じゃあ、俺のは?
自分で自分の考えを言葉にするのに何かが引っかかって発せない。
以前サウンドウェーブに対して、『こいつは自分の感情さえうまく知らねえんだ』と思ったことがある。飛んだ皮肉だぜ。でも、俺は『知って』はいる。
「俺はーー」
やっとのことで絞り出した言葉は、突然聞こえてきた別の声音によって途切れた。
2014/11/20
【サン音】確認癖3
俺の何かが欲しかった。
自分のブレインの中、自分の言葉で表す。なるほど、サウンドウェーブという全体像すら掴めない謎めいた機体でもパズルのピースが合ったかもしれない。
コアダンプというチョイスはよく分からねえが、情報形態ってことはあいつの領分だ。何か思い入れがあるってことだろ。やっこさんも、もっと違う言い方とか態度で言ってくれりゃあ良いのに。言い方ややり方を知らねえだけだろうけどよ。
前の方から歩いてくるサウンドウェーブの姿を見ながらあのぶっきらぼうな物言いを思い出していると、どうしてあいつに惹かれてるのか分からなくなる。ただ自分がラクでいたいなら、俺を振り回すこともない分かりやすい可愛げのあるやつを追っかけていればいい。誰と摩擦を起こすわけでもなく、安穏と流される方が楽なのは誰でも知っている。
しかしそんなことを考えている俺自身は、今確実に浮かれていた。
「よお」
しかし、そんな俺とは対照的に声をかけたサウンドウェーブはあからさまに不機嫌そうだった。返事もしないまま、横に並ぶ。
……返事をする気は無くっても、何かやりてえことはあるってえことだな。今度は一体なんだってんだ。さっきはほんの少し機嫌が良さそうだったのに。
こういう時は、サウンドウェーブが切り出すまで待っているというのが暗黙の了解になりつつあった。それでも俺にはスカイワープと話すことで上向いた気持ちから出来た小さな自信がる。この不安定さについてはいつ踏み込んでみようかと機会を伺っていたが、今がその時かもしれない。
足を止めると、サウンドウェーブもすぐに気づいて俺に向き合ようにして立ち止まった。そしてこちらを数ナノクリックだけ凝視したかと思うとすぐさま前を振り返り、歩き出す。その行動に唖然としながら、すぐに追いつけるその背に向かって言葉を投げる。
「お前、よく急に機嫌悪くなるけどよ。ありゃあ何が原因なんだ?」
「オ前ニハ分からナイ」
すぐに返事をするところからするに、さっきのはまたアレか。
すこし自分が不安定になったのがわかる。どういうことだと踏み込めば黙り込むだろうか。サウンドウェーブを追っかけだしてから、自分が感情的になったと思う。スカイワープの『まったく、おめえもよくあんな陰険野郎とつるんでいられるもんだぜ』という言葉がふいに記憶回路を巡る。
これは話したくねえってことらしいが、てめえで勝手に人の頭ん中覗いておいて、俺には訳の分からねえまま放っておくとは、お前は俺のなんだってもんだ。俺のもの、だろう?
頭の中でそうがなりつつも、俺はサウンドウェーブに向かって吹っかける言葉が見つからずにいる。自分が今、ひでえ顔で奴さんを見ているだろう自覚がある。なっさけねねえ。
「――ソウダナ」
少し嬉しそうにサウンドウェーブが呟いた。またブレインスキャンか。馬鹿にしている様子は無い。その嬉しそうな理由がわからず、俺は相手が喋るのを無言でもって促す。
サウンドウェーブも諦めたように、続けた。
「お前ハ、他人を通テシカ自分や他人ヲ確認出来ないカラダ」
…
【サン音】確認癖2
「で、言われたとおり、コアダンプ吐いて来たってぇのか?」
顔を見合わせた途端、スカイワープがからかうような口調で問いかけて来る。データ処理を強いられて疲れた俺を見てスカイワープの口角がぐっと上がった。
誰も見ていないと思っていたが、あの場面をちょうど目撃されていたらしい。あの抜け目ないサウンドウェーブのことだ。スカイワープに関しては俺とあいつの関係を知っているから、聞かれても問題ないと判断したのだろう。
こいつが面白がって絡んでくるのは自分じゃないと知ってるからな。
スカイワープやスタースクリームの前では特に注意を払っていない気がする。以前、サウンドウェーブは俺に所属部隊と確執を作るべきじゃないと言っていたが、情報開示したからといって何かが変わるようには俺には思えなかった。
しかたなく俺がそうだともそもそと返事をすると、案の定スカイワープはわけがわからねえと笑い声を上げた。
「そう笑うなよ」
もし俺があの場で拒否したところで、あいつにいつかは結局は根負けしていたか、無理やり吐かされたかのどちらかだ。
そう告げると、スカイワープもようやく笑いを引っ込める。その代わり、呆れ返ったような表情を浮かべて俺を見てきた。
「まったく、おめえもよくあんな陰険野郎とつるんでいられるもんだぜ。自分のコアダンプを保存されてあいつに何に使われるかなんて分かったもんじゃねえや」
「保存して持っとくだけだって言ってたし、それくらいじゃどうってことねえよ。お前に――」
思わず言い返しかけて言葉をのむ。俺自身の急に荒ぶった声の響きと、それに続いたであろう本心に自分でも驚く。
お前にサウンドウェーブの何が分かる。俺はそう言いかけたのか?だとしたら、お笑い種だ。さっきまでてめえでやっこさんの頭ん中が覗けない、何を考えているのか分からねえ、とくよくよしていたというのに。
俺が何に腹を立てたのかスカイワープは気づかなかった様子で、単純にからかったことを気にしたと思ったらしい。俺が黙って考え込んでいるうちにからかうのをやめ、話題をサウンドウェーブ自体にずらした。
「まあ、あの鉄面皮にあんな情緒があったのかと思えば、感動もんではあるけどよ」
「情緒?」
さきほどの馬鹿にする雰囲気をと打って変わり、感慨深げなスカイワープに思わず聞き返す。
「形は何であれ、おめえのなんかが欲しかったってことだろ、ありゃあ」
2014/10/4
【サン音】確認癖1
※練習につき、拙文注意。
リアルやまなし・おちなし・いみなしでいちゃつかせたかっただけ
俺は相変わらず、サウンドウェーブに振り回され続けている。
あいつが『俺のもの』となったとはいえ、サウンドウェーブの考えていることは相変わらず読めるようになってはいない。立場が違うという点で、他のやつらが居るときに態度を変えるくらいなら俺にだって理解が出来る。しかし、二人きりの時に急に不機嫌になるのは予測不可能だ。しかもその不機嫌が、俺がぐちゃぐちゃとこいつの頭の中について考えているうちにご機嫌になったりする。
こいつこんなキャラだったか?
情緒が不安定な様子を見ていると、余計にこいつという機体が分からなくなってくる。以前自分がこいつを無表情・無関心・無感動の感情回路半壊野郎だと思っていたという事実が、今や受け入れられない。少し前までろくに色恋沙汰だなんだのほうは情緒が育っていなかったから、その反動なのか違うのか。あのバイザーとマスクとあの鉄仮面越しでも機嫌が良いか悪いか程度は分かるようになったのが、余計に俺を混乱させる。
それ以上に俺を混乱させるのは、最近のサウンドウェーブの俺の論理を軽々と超えたとっぴも無い行動をとってくることだった。
「サンダークラッカー」
いつも通りの平坦な声が俺の名前を呼ぶ。振り返ると、いつも通りなんの感情も見せない様子でサウンドウェーブが後ろに立っていた。
「よう」
声をかけると、振り返りざまにウィングの当たらない位置から一歩踏み込んでくる。この間隔から察するに、何か特別話したいことがあるらしい。
「今、任務ニハ当たってイナイナ?」
「おう」
この普段無関心の塊のような機体が自分のこれからの予定に興味を持っている。自分でもふいに浮かんだ予感に自然に意気が高まったのが分かった。しかし、淡い期待もサウンドウェーブにかかればすぐに打ち消される。
「ナラ、オ前のコアダンプを保存させてクレ」
「は?」
2014/10/01