恋の毒薬・10

吾輩を含めて、ラチェット君と副官が驚きの目でグラップル君の方を向いた。
「どういうことかね?」
「いや、もちろん悪い意味じゃないよ!」
原因が吾輩にあるという言葉の真意を探ると、グラップルは慌てて言い直す。みんなの視線が集まったということにややシャイなところのある彼は恥ずかしそうに少し下を向いた。
「ホイルジャックが惚れ薬を作るって聞いて、今までアプローチを試みなかったような機体も思いびとにアタックし始めたんだよ」
グラップル君の短い説明でもすぐにマイスター副官にはピンときたらしく、その本質を拾い上げる。
「なるほど。みんな自分の好きなひとが万が一にでも他の機体に取られては敵わないって思ったってことだな。関係をオープンにするのも、ある意味では他に牽制をしてるのか」
そういう意味で、吾輩が原因ということになっているのか。
……これでは、惚れ薬は集団の中の既存の関係性や体制を壊しかねない。結果として好転して晴れて成就する場合もあったらしいが、開発を取りやめて正解だった。司令官がすぐにやって来た理由はこういうことも感知していたからかもしれない。
納得しかけたところで、先ほどから黙って話を聞いていたラチェット君がゆっくりと口を開いた。
「いや、それだけじゃないだろう。私にはあのテレトラン1でみんなが観ているメロドラマの影響がかなりあると思えてならないね。あれが流行ってから、ことに恋愛に関するゴシップがよく流れるようになったからな」
その言葉にあのドラマのファンらしいマイスターとグラップルが痛いところを突かれたとでも言うように、お互いの顔を見合わせてばつが悪そうに笑った。
この意見にもなるほど確かにと思う。惚れ薬の話はあっという間に広まったっけ。それに、誰と誰がいい感じだなんて話もどこかで聞いたと思い出す。
「些細なことがきっかけで他の機体を意識し始めるってことは分かるよ。噂だってきっかけにはなりうる。誰かが自分のことを好きらしいって噂を聞いたら、確かに相手のことを気になり出すってのはよくあることだし」
グラップル君がやけにはっきりとそう言う。
彼にもひとには言わないだけで、そんなことを経験したことがあるのかもしれない。誰だろう、とふと頭をもたげた好奇心を押さえつける。
ゴシップの影響を話していたそばからすぐこれだ。
「……ゴシップも使いようではすごい効き目があるんやなあ」
少しだけグラップルの過去か現在の思いびとに思いを馳せながらぼやくと、マイスターがこちらを見てさらりと金言を放つ。
「恋も噂も伝染病みたいなものだからね。しかも自覚症状が出るまで、なかなか気づけない」
気の利いた言葉に感心すると、ドラマの受け売りだよとバイザーの下の口元が微笑んだ。
恋が伝染病だとしたら、さっきのふたりがお互いの感情を恋慕としてを『診断』するに至った要素はなんなのだろう。
先ほどの『愛が芽生えるのに、理由なんていらないんじゃないか?』という言葉だって、慣用表現としてはよく聞くフレーズではあるが、それでも吾輩は友情も愛情もどちらも愛の形だとは思う。この数ソーラーサイクルをかけて脳波の測定をしていてわかったことだが、やはり機体ごとに出る脳波は異なってくる。どこからが友情で愛情なのかなどはやはり曖昧だった。
「症状ねえ……」
恋の症状。恋愛感情との違い。何をしていても相手が気になること。触れたいと思うこと。独占欲や性欲。自分の欲を追うこと。相手の幸せを願うこと。挙げ始めると、切りがない。最近ずっと打ち込んでいる研究でだって、平均はあるものの、やはり個人差が強くバラついている。
我々は知的生命体だ。アンビバレンスな感情だって持ち得るし、その機体以外には理解できな複雑な思考だって持ち得る。
吾輩においては友達への親しみとしての好きと、恋愛感情としての好きの区別がこと分からない。
「恋に落ちたかどうかの検査薬があれば便利なのに」
ほうっと排気音を漏らすと、何を言っているんだとグラップル君とマイスターは笑った。
ふと、手をじっと見る。数日前にラチェット君に直してもらった手。掴まれ、じっと覗き込まれた。いつもの診断はあんなに近かっただろうか。今までなんとも思わなかったのが不思議でしかたない。
早く、このモヤモヤから解放されたい。
「検査薬。検査薬ね……」
ブレインに浮かび上がってきた『良い考え』を吟味する。
――失敗したら身体に毒なっちゃうんじゃないの?
――飲む?
――『毒にもなるが薬にもなる』なら、毒も試さずにはいられない性分なんだけどね。
猛毒の試験薬になるかもしれないけれど、試してみるしかないようだ。
君は、きっと怒るだろうなあ。
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雑記

最近、なぜか軍歌ばっか聴いてます。人の気持ちを鼓舞するように作られてるから、耳に残るしなんか元気になる。国外はやっぱりアメさんちの軍歌すこ。でもリパブリック讃歌を聞くたびに、リアムが「Who the fuck are Man United♪」って脳内で歌いよるなゆたです。
てかOasisが解散してもうすぐ9年とか今でも信じられないですね。ハルヒが12年前と同じくらいに信じられない。公式同人誌ことサン紙を買って来てもらったり、眉毛推しだったロキノンをくそ買い集めたり、訛りまくってて聞き取れないインタビューを何百回も観たり……死ぬほど懐かしい……時効だし完全別活動だったので言いますが、実はもともと洋盤生出身です。まあ、ドバドバ片鱗出してますが。
最近ハマってたGravity Fallsのビルが歌ってた歌がEDに使われてるとは知ってたけど名作すぎて観てなかった『博士の奇妙な愛情』をちょとっと観て、museの”Time is running out”のPVの元ネタに気づきました。私は映画館でないと映画を見れないと言う集中力のなさで映画的な教養が欠如してるからなあ。名作ほど見てない。
こう言うセンシティブなものを含んだくだらないことをダラダラ書きたいので、やっぱTwitterは向いてない。でもTwitterは投稿後は編集出来ないから、エビデンス的には神なんだよなあ。
てか、久しぶりに初代見てたら、スタスクが普通にクラスター弾使ってて驚いた。TFの世界にも非人道的な武器の禁止条約とかあるのだろうか。FOCかなんかでラチェットが「撃つな私は軍医だ」って言ってたけど、なんちゃら条約とかもあるのか?私、気になります!

恋の毒薬・9

この間の戦いからデストロンの連中はなりを潜めたままで、アーク内ではみんな何となく好きなことをしていることが増えた。しかし、あのデストロンの新兵器が暴発した日には頭が吹っ飛びかけたサウンドウェーブがサイバトロン基地の周辺に居たようだとハウンドが報告したと聞く。あちらさんが征服を諦めた訳ではなさそうだ。
ホイルジャックといえば、コンボイ司令官に許可をもらったという名分で脳波実験漬けの日々を送っている。特に『好意』と『嫌悪』について熱心に取り組んでいる。今まで恋愛ごとなどから程遠かったからこそ、知らないことが多くて知的好奇心が満たされるのかもしれない。
サイバトロンの皆にしても、皆の間で流行っている人間のメロドラマの影響でそういったものに興味を持っている機体が多い。だからボランティアをしてくれる機体が多いのも一因だろう。リペア台の横でホイルジャックが展開している臨時の実験スペースには近頃は常に誰かがいる。
ちらりとそちらを伺うと、ホイルジャックがふたりのサイバトロン戦士に熱心に質問をしているのが見えた。
「ラチェット、後どれくらいかかりそうかい?」
「もう少しですよ」
リペア台の上のマイスター副官も気もそぞろの様子で、ホイルジャックの実験する方を見ていた。気づけば、修理を手伝ってくれているグラップルも時たま様子を見ている。
副官もグラップルも確かあのメロドラマにご執心だった。なら、さぞ興味深いだろう。
「スピーカーの修理が終わりましたよ」
「どうもありがとう」
こっそりと排気を漏らす。
修理はきちんとするが、やはりなんだかこの頃私は変だ。
自分の手に視線が留まり、ホイルジャックの手を修理した時の感覚を追う。空を握り、また開く。
――あれの何が私にとって問題だったのか。
この間は、ひどく踏み込んで何かに気がつきかけた気がしていたが、それでもまだ説明がつかない。なんであんなことを思ったんだろうか。しかも、握ったホイルジャックの手をひねり上げてしまった。そのせいか、あれからあまりホイルジャックとは話せていない。
他の機体は私がホイルジャックと話していないのを不思議に思わないのかとぼんやり考える。しかし、同じスペースにはいつだって一緒にいるのだから彼らからしたら変でもないのかもしれない。
話せない私とは対照的にリペア台から飛び降りた副官は、伸びをしてからホイルジャックの方へまっすぐと向かう。先ほど実験を受けていたふたり組はもう居なくなっていた。
「ホイルジャック、あんなに質問しちゃあ可哀想だろ」
「なんの話だね?」
ホイルジャックがコードをまとめながら振り向く。
副官がわざわざ口を出す、というところでピンと来た。それはグラップルも同じだったようで、こっそりとこちらに話しかけて来た。
「じゃあ、あの噂は本当なんです?」
「そのようだね」
私も偶然聞いただけだから確信はなかったが。先ほどのふたりの雰囲気にはいつもと違うものがあった。
ホイルジャックがこそこそと話しているこちらをちらりと見てくる。この空間で、マイスターがこんなことをいう理由が分からないのはホイルジャックだけらしい。不思議そうにフェイスマスクの端を撫でている。
「あのふたりがどうしたって?」
「ふたりで来ている時点で気づかなかったのか?」
副官が呆れたような声をあげる。
気持ちは分からなくもない。この『ホイルジャック』が惚れ薬を作ろうとしたし、好悪について心理実験を行なっているのだから。しかも、もうほとんどのサイバトロン戦士の脳波を調べたはずなのに、肝心のところにはにぶい。専門外とは言えど、あんなに発明の方では冴えてるのに。医者の不養生、坊主の不信心……上手くは言えないが、全くもってあべこべなのは分かる。
「あのふたりは最近、デートをする仲になったらしいんだよ」
ホイルジャックのにぶさに焦れたのか、横のグラップルが答えを与える。すると、まさか、とホイルジャックが声を上げた。やはり分かってなかったのか。
「もっと正確には恋人の仲まで言ってるがね」
マイスターが補足をする。
「本当かね?」
「プライマスに誓って本当さ。なんせ本人から直接聞いたんでね」
副官が、本当に知らなかったのかと改めて驚く。
私としては、マイスターが親しいとは言え直接あのふたりに聞いたという事実と、ふたりのうちのどちらかは知らないがそれにイエスと答えたという事実に驚くがね。若い戦士たちのことだから、もしかしたら今までもずっとデートをしていたのを親しいものたちは知っていて、この度正式にオープンな関係になっただけかもしれないが。
誰かを思いやるということはいいことだ。もちろん、本人同士のバランスも周りとのバランスの取り方も考えなくならなくはなるが、それを差し引いても強みがある。誰かを好きだと思うことは時に活力や原動力になるものだ。重篤な怪我をしたある機体の片割れが献身的な介護をして、モチベーション高く保てた故に後遺症無く全回復することだってあるのだ。そんな素晴らしい光景をデストロンとの長い戦いの中で何度も見たことがある。だから、面白がっている以上に、純粋にみんなが祝福したいがために首を突っ込むのも分かる話ではあるけれど。
以前はそういう関係を隠すのが常だったが、コンボイ司令官の下、そういったものの自由も私たちには与えられるようになった。口に出さないのも、尋ねないのもマナー。昔はそういった空気があったように思う。しかし、元々は自由恋愛のあった市民階級出身だった機体も多いし、自由を掲げているサイバトロンにおいて不自由があってはならない。
進歩といういう点で、私はしみじみと感慨深いものがあった。しかし、ホイルジャックの関心はそこでは無かったらしい。
「あのふたりはよくふたりで行動してるし、趣味も似てるし、いつも移動の時は彼を選ぶから……親友同士なんだとばかり思ってたんだけど」
「最近まではね。前から薄々親友以上っぽいなって感じはあったんだけど、結局『大事な人』ってことになったらしい。別に隠しているわけじゃないけど、付き合いたてだからまだセンシティブなんだろうさ」
最近は他にもカップルが出来ているらしいよ、とマイスターは情報を補足する。
「それにしても意外すぎて吃驚だよ。親しい間柄とばかり思っていたからね。吾輩の予想がはるかに超えられてるね」
「愛が芽生えるのに、理由なんていらないんじゃないか?」
マイスターの言葉にうーむとホイルジャックが唸り声を上げる。先ほどから、友情と愛情について特に引っ掛かりを感じているらしい。
そんなホイルジャックを見て、グラップルは無邪気に笑った。
「ホイルジャック、君は不思議そうにしているが。私が思うに、こういうことをオープンにするのが増えてきた一因は君にあると思うけれどねえ」
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恋の毒薬・8

「ラチェット君も、すまんね」
リペア台へ向かいながら、横の機体におずおずと話しかけると、呆れを含んだような声で答えが返ってきた。
「流石に慣れたよ……」
怪我をした時の有無を言わせないところと、結局は吾輩にこう言ってくれる彼の優しさにホッとする。
そうして、ラチェット君はいつもの言葉をつないだ。
「君が壊しても、私が治せばいい」
彼自身は気づいていないのかもしれないが、むすっとはしながらもこういう時に少しだけ照れ臭そうにする。それにいつもつられて吾輩までもが照れくさくなる。
こういう信頼がひどく嬉しく、ラチェット君を好ましく思う。
……やはり、この間の最近吾輩のブレインを占拠しているあの測定結果は友情という意味でしかなかったんじゃないか?
ラチェット君がわずかに笑ったような気がして、そう思い直した。
確かに数値は特別な『好き』、恋愛感情という結果を叩き出していたが、友情だって『好き』には違いない。この穏やかな関係性は恋愛には程遠いのではないだろうか。
そういえば、自分のことで頭がいっぱいになっていたが、ラチェット君もわずかではあるが吾輩のものに似た数値が出ていた。トランスフォーマーにおける機体差というものは十人十色で千差万別だ。たまたま、友情と愛情の結果に近似した結果が出る機体が吾輩だったというだけだったのだろう。納得のいかない結果を出したらしいラチェット君という身近な臨床例がいるせいで、この仮説はかなり信憑性があるような気がする。
ふむ、他の機体にも差が出るか調べてみるも面白いかもしれない。さすれば、全ての機体に効果があるような『ナニカ』が作れるかも。
そんなことを短い時間の中で考えていると、ラチェット君はそこで急に難しい顔になった。その表情を見て、見抜かれたのかとギクリとする。
だが、身構えた吾輩とは違い、続いたのはとても思慮深い言葉だった。
「ただ、頼むから私が治せないような怪我はしてくれるなよ?」
ポツリ、とこぼすように吾輩に念を押してくる。
こんな言葉をかけられるのは初めてだった。
「君ほどの医者がどうしたんだね」
突然の言葉に思わず驚きを隠せずにそう言った後、しまったとブレインが急停止する。
これは、この言葉は、この間のやりとりの続きなんじゃないか?
怪我をするな、危ないことをするなと釘を刺されたというのに、すぐにこの失態だ。今まで許されていたことだけれど、今までの積み重ねがあるからこそこんな言葉を言わせているのではないだろうか。
取り繕うようにおちゃらけた言い訳を追加する。
「しかし、吾輩としては『毒にもなるが薬にもなる』なら、毒も試さずにはいられない性分なんだけどね」
もう一声何か言おうとするが、その前にリペア台に辿り着いてしまう。
促された台の上から見るラチェット君はいつもの様子に戻っていた。
「毒の飲み方を知らないと、いつか身を滅ぼすぞ」
厳しい声音で鋭い言葉を投げられる。
やっといつもの調子だ。今日はいつもと同じなのに、何かが違うようで、普段のようなやりとりがこんなに安心するのかと驚く。
「へへ、相変わらずきっついなあしかし。でも、流石に医者が言うと重みがちがうねえ」
冗談っぽく返すと、ラチェット君は小さく笑った。
「よく言うよ」
落ち着いたところで、吾輩の手を検査するラチェット君を盗み見るように観察する。そして、
――本当に、いい医者やな
と、しみじみ思う。彼は言葉や態度ではきついけれど、行動はやはり患者のことを思ってなされている。吾輩が腕や腕に関わるパーツを怪我した時の彼の治療や検査の熱心さは繊細な作業も必要とする科学者としてはありがたい限りだ。
『頼むから私が治せないような怪我はしてくれるなよ?』
と、彼は先ほどこぼしたが、ラチェット君ほど医者としての技量と心持ちを持つものはセイバートロンにもひとりとしていない。吾輩はもちろん、あの司令官にも、他の機体にも信頼されているのだから、もっと自信を持ってもいいのにとも思う。
ラチェット君がどう思うかは別として、簡単に代替や取り換えが出来るモノは意外と少ないのだ。ましてラチェット君くらい優秀ならオンリーワンを名乗ってもいい。いや、でもそんなことを吾輩が言うのはお節介だろうけどねえ。
そこで思考が終わる。じっと手元で繰り返されている作業を見ていると、どうにも落ち着きすぎてしまう。ラチェット君に握られている手の機熱が安心感につながるからか、作業者が自分じゃないからか。
ブレインがぼんやりしてきたのを紛らわすように今抱えている試作品やら設計図を頭に巡らす。
ただいまのマイブームになりつつあるトランスフォーマーの心理や思考やらを生物学的な観点で科学の方に近寄らせたら面白いとは思う。例えば、三大欲求やら本能やらのブレインのプログラミングが機体の反応や特性、ブレインの感情などに強く影響されているのは先人たちの研究通りではあるが――
不意にその手がぎゅっと力強く握られた。
気づけば、ラチェット君に覗き込まれている。
先程までは怪我をした手の機能を入念にチェックしていた視線は、今は吾輩のオプティックを覗き込んでいる。何か悪い所見がないかの診察のような真面目さでじっと見つめられていると、なんだか責められているような気分になる。
まさか、吾輩の最近の『微妙』な感情がラチェット君にバレたのだろうか。ならば、早急に誤解は解かなければならない。
良い医師の条件は観察眼が鋭いこと。特にサイバトロンには怪我を隠したり無理をする機体もいる。それでもラチェット君から逃げるのは至難の技だ。
いや、とそこまで考えて否定する。もしそれに気づいていたとしたら、彼はもっとうまく『処置』するだろう。ということは――?
「……ラチェット君?」
恐る恐るその青い目を覗き返すと、ラチェット君は吾輩の手を握ったまま弾けるように身を反らした。
「あいててててて!」
捻り上げられて大声を上げると、ラチェット君が慌てて手を離す。
「すまない、ホイルジャック。考え事をしてたんでね」
「そうかね?てっきり難病の兆候でもあったのかとドキドキしちゃったよ」
「まさか」
否定の反応は速いが、ラチェット君にしてはやや心あらずといった調子の返答だ。てっきり手厳しい皮肉でも飛んでくると思ったが。
終わったよ、とだけ言ってリペアキットをしまい始めた彼の表情はリペア台の上からは伺えなかった。
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青を捉える・2(サン音)

水色の羽にブラスターガンを当てながら、この機体が俺の元に来た理由を思案する。恐らくは――
「いや、俺はメガトロン様に」
「護衛につけられたのか」
一番妥当な回答だ。
俺の『尻拭い』を秘密裏に成すのならばそれなりのレベルでの人員配置になる。スタースクリームが俺を保護する命令など受ける筈がない。比較的忠誠度の高いビルドロンやスタントロンでは数が多すぎる。だから万が一にそのような命令が下るとしたら、スカイワープかこいつ――サンダークラッカーが割り当てられるとは思っていた。
俺は念のためブラスターガンに充填していたエネルギーを消費するため、その経口の先を水色の羽から壁際で伸びている襲撃者へと滑らした。
目標がステイシスモードに入る音を確認しながら、襲われた弾みで周囲に散らされたリペアキットを回収し始める。
別にこの機体が来なくとも、同じ結果にはなっただろう。とは言え、あのお方が内憂するほどには俺の失態にひどく関心が集まっているらしい。
「なんですぐにリペアしなかったんです?」
水色の機体がおずおずと尋ねてくる。その足りない頭の中では
――あの逃亡から既に4メガサイクルは経っている。今まで何をしていたのか――
と疑問を抱いているようだった。
3.5メガサイクル前、デストロン臨時基地は新兵器の開発を察知したサイバトロンの襲撃にあい、激しい戦場と化した。原因は恐らくは兵器が発射時に発する高エネルギー波をテレトラン1に察知されたことであり、元を辿れば約2.75メガサイクル前の『不必要な使用』こそが引き金となっている。
とにかく、敵の猛攻によりデストロンの形勢は崩れ、俺はサイバトロンの通信員相手に撃ち合ううちに持ち場から引き剥がされた。その間に兵器はサイバトロンによって無理矢理にコアが解除されて暴走。壊れる直前に発射されたビームはその音に振り向きかけた俺の頭部に直撃した。コア解除後の威力であったため、損害状況はいくつかの回路とバイザーとマスク、胸部装甲のみに押しとどまった。しかし、その異常を来たしたいくつかの回路が問題ではあった。結果として、俺は退避行動を取らざるを得なかったのだが……
この機体のさきほどの問いに俺は答える義務はない。
しかし、答えないということは階級が自分より低い一兵士に冷静さを欠いているという事実を突きつけられているようで。しかたなく、俺はなんてことないふりをしてそれらしい返事をする。
「諜報データのバックアップと、基地内データの確認だ」
聞いておきながら、後ろでそいつが面食らったのが分かった。俺が答えないと思っているなら何故口に出すのか。
しかも、余計なお世話もいいところに、俺の心配をし始める。その情報を悪用するかもしれない相手に、そんなに簡単に言ってもいいのかと悶々とブレインの中でくだらないことを考えているのが、頭の中に流れ込んでくる。
いつもだったらさっさと締め出してブレインのデータからデリートするようなくだらない思考だ。
しかし外界とのフィルターであるマスクとバイザーが吹っ飛び、回路が焼けたことで少なくとも動揺している俺は、うまく自分自身にだけ集中することが出来ずに相手のブレインの電磁波を勝手に受け取ってしまう。
――頭のいいやつの考えることは分からねえ。護衛の任務とやらに守秘義務が無いとは限らないんだぜ?俺がそんなことをする度胸が皆無だとでも思われてんのか。それとも、嘘か。その両方か――
なんとも勝手なことを考えているのだろう。
そいつは黙っていることが出来なくなったのか、また確認を求めて話しかけてくる。
「……確認してたデータって、あんたの情報のことだろ?あんたがいつもやってることを逆にやられないようにすんのか。正しいとは思うぜ。最凶の武器は恐怖だからな。脅迫の怖さで他人を動かすのは利口だ」
思いがけない肯定に舌を巻く。その脳内の理論は整然としている。サンダークラッカーは低脳ではあるが、なかなかバカでもないらしい。
ただ、与えられた情報が合っているとするならば、ならだが。
苦手に思われることの多かった俺だが、他の機体を苦手に思う感覚というものは、こういうものだったのかと思い出す。
俺の苛立ちを感じ取っているのなら、なぜ話しかけてくるのか。その姿勢は俺にはまったくもって理解不能だった。
「ただ、今回からはあんたに対する報復方法が足されたわけなんだがよ」
そんなことはお前なんぞに言われなくとも分かっている。
その言葉に思わず振り返ると、水色の機体は非常に驚き、それから自信のなさそうな表情になった。サンダークラッカーは何か俺の地雷を踏み抜いたと感じているようで、その焦りの脳波が俺のブレインを埋め尽くす。
そういえば、こいつがここに来てから、こいつの顔をまじまじと見たことがなかった。
じっと見つめていると、サンダークラッカーの落ち着きがなくなっていく。先ほどから俺の顔についてなんだかんだとぐちゃぐちゃと考えていたが、実際に面と向かえば思考を散らしている。
こんな奴に俺は思考を乱されていたのか。
相手も落ち着かない様子だと分かり、少しだけ冷静さが戻って来た。
「…………」
俺が手元のリペア中のパーツにセンサーの焦点を戻すと、サンダークラッカーが小さく排気音を漏らしたのが聞こえた。
もうこちらに話しかけるつもりはなくなったらしい。しかし、その脳内は相変わら様々な感情や思考を撒き散らしている。
――何でこっち向いてリペアするんだ。もしかして、恐怖、って言葉に対しての抵抗なのか?というか今ので一瞬忘れていたが、こいつは俺にこんなにまじまじと素顔を晒していいのか?あの逃亡の時に慌てふためいた姿を晒したのは何だったんだ――
――サウンドウェーブはマスクやバイザーの下ではどんな表情してるのかと以前仲間内で話題になったことがあったが、襲われてもこんなふうに無表情じゃ勃つモノも勃たねえ。さっきの戦いではあんなに動揺した様子だったのに、犯されそうになった時は落ち着いているってどんな精神構造してやがるんだ?――
――過去だなんだとかが大事だとかは分かるけどよ。手前の機体をどうのこうのされかけた直後でもすぐいつも通り?俺が居るからか?しかし、もしひとりになりたかったらそう命令すればいいだけだろ?――
……ええい、うるさい。全くリペアに集中できない。普段は飛ぶこと以外は何も考えていないような顔をしている癖に。
サンダークラッカーは俺がよく分からないとごちゃごちゃと考えているようだが、俺もこの水色の機体について何も理解できそうになかった。
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